野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

鍵盤ハーモニカ・オーケストラ

P-ブロッのコンサート、ご来場ありがとうございました。
そもそも、P−ブロッは、1996年に、大友良英さん、野田茂則さんらが呼びかけて立ち上げた「ミュージック・マージュ・フェスティバル」のために行った野村誠のプロジェクトでした。大友さんから、
「野村くんのプロジェクトを何かやって欲しい」
と依頼されて、鍵盤ハーモニカのオーケストラをやろうと思いついた。当時は、鍵盤ハーモニカという名前すら知らなかったから、
「ピアニカのオーケストラやりたい」
と言ったはずだ。野田さんから、
「野村くん、東京住み始めてすぐだから、あんまり知り合いいないでしょう。こちらでミュージシャン探しますよ。」
と言われて、募集文を書きました。本格的な鍵盤ハーモニカのオーケストラを作りたい、と。フェスティバルで、P−ブロッは大好評で、メンバーからも続けたい、という声があがり、バンドとして継続することに。継続する理由は、主に

1)異分野のメンバーからの音楽的な刺激が大きいから
2)鍵盤ハーモニカの合奏に可能性を感じるから

です。初演時のメンバーは、

ボイスパフォーマンスや実験音楽の理論派足立智美
ヒカシューなどポップスで活躍するセンス抜群の吉森信
フリーインプロのベテランで鍵ハモ特殊奏法の先駆者しばてつ
現代音楽と即興を行き来する河合拓始
レゲエバンドでグルーヴにこだわる鈴木潤
ハートウォーミングなシンガー/ソングライターの磯たか子
路上演奏など神出鬼没で奇抜なアイディアに満ち溢れた小瀬泉
イギリスで子どもと作曲インドネシアガムランの新作を発表した野村誠

で、今、あらためて振り返っても、面白いメンバーだったなぁ、と思います。P−ブロッのリハーサルは、音楽の異分野交流会といった感じで、お互いの音楽観の違いに驚き、刺激を受け、そして、現代音楽なんて弾いたこともない人が現代音楽を演奏し、レゲエなんて聴いたこともない人がレゲエを演奏し、SMAPをSMAPSだと思っていた人がSMAPを演奏する場だったのです。ぼくも、P−ブロッで随分色んなことを勉強させてもらった、と思っています。

それから月日が経ち、結成10周年の2006年にイギリスツアーをした後、P−ブロッの危機が訪れます。その頃、ぼく自身は、「あいのてさん」というバンドを始め、また、鍵盤ハーモニカトリオで現代音楽を演奏する活動も開始しました。

1)異分野のメンバーからの音楽的な刺激が大きいから
2)鍵盤ハーモニカの合奏に可能性を感じるから

1)は、あいのてさんで、2)は、鍵盤ハーモニカトリオなどでも追求することはできます。また、鍵盤ハーモニカも普及して、鍵盤ハーモニカのアンサンブルをするグループは、徐々に増えてきています。P−ブロッの役割は、もう終わったのかもしれない、とも思えました。そうした中で、ぼくらは、本当にP−ブロッを続ける必要があるのか?自分たちが作ったP−ブロッという枠に囚われているのではないか?P−ブロッの今後について、議論してきました。

そして、今日の演奏会にいたったわけです。まず、今日の演奏会が開催できて、よかった。それと、過去を回顧するような演奏会ではなく、新たな一歩を踏み出そうと、メンバー5人それぞれが踏み出せたこともよかった。お客さんも、同窓会のような感じではなく、初めてP−ブロッを聴く、という人も来てくれていて、良かったです。

ぼくが2004年に作曲した「あたまがトンビ」という10分の大作を演奏しました。これが、今までに比べると、遥かに良い演奏ができました。アルト3パートは、一昨年に発売になったHammond 44という楽器、バスは、昨年発売になったHammond BBという楽器を使い、ソプラノのみ従来のS-32という楽器で演奏したのですが、音楽に楽器の性能が追いついてきて、以前よりも曲が立体的に聞こえるようになった、との感想をいただきましたし、この曲が入っているCDはないのか、是非、作って欲しい、というお言葉もいただきました。嬉しいです。

ぼくの新曲「もんてん」は、ストップウォッチを見ながら演奏する曲ですが、録音を聴いて、こうなっているのか、と驚きながら、聴きました。ストップウォッチでしかできないアンサンブルの音楽が書けたなと思います。

今日の演奏会は、P−ブロッの可能性を感じさせてくれるものでしたし、今日でP−ブロッが解散する、というわけではないな、と思いました。ただ、P−ブロッにとっての一つの時代は終わり、新しい時代に入るのだ、ということは確かだと思います。

1959年に、鍵盤ハーモニカと、しばてつが誕生しまして、昨年は、50周年でした。1961年に日本製の鍵盤ハーモニカが誕生したので、来年は50周年です。50周年を祝して、鍵盤ハーモニカの誕生を祝福するイベントをしたいな、と思いました。企画を練りましょう。

楽器メイカーの方もいらしていて、インドネシア支部の方に伝えるので、インドネシアでも活動よろしく、と言われました。インドネシアでも流行らせてきます。

門仲天井ホールのみなさん、お客さんのみなさん、P−ブロッのみなさん、お疲れさま。どうもありがとう。