野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

新曲Casa Mozart, summer 2019を作曲

明日のコンサート「野村誠+大田智美デュオコンサート 野村誠作曲作品オンパレード(即興演奏なし!)」に向けて、個人練習をみっちりやる。練習を全部やり終えたら、アンコール曲を書きたくなって、「Casa Mozart, summer 2019」を作曲。短い、短い、小品。明日のコンサートでアンコールがあれば演奏することになる。できたてほやほやの曲。

 

その後、千住だじゃれ音楽祭の打ち合わせと即興セッション。来年5月に開催する「千住の1010人 in 2020年」に向けて、いろいろアイディアを出し、10月20日に開催する予定のインドネシアの作曲家メメット・チャイルル・スラマットとのコンサートについて、いろいろアイディアを出す。楽しみがいっぱいだ。

 

明日、原宿のカーサ・モーツァルトでの野村誠+大田智美コンサートの詳細は、こちらをご覧ください。入場無料、投げ銭制です。

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生まれる小冊子、合流する音楽、動物とこども

「お産を楽しむ本」の著者の河野有砂さんと、自然育児友の会の内田さんと、ミーティング。昨年、一昨年に開催した「自分も生まれる旅×ノムラノピアノ」の第3弾に向けて。いろいろ話すうちに、「自分も生まれる旅×ノムラノピアノ」の小冊子を作成することを次なる目標にして、それが完成した時に第3弾を開催しようということになった。生まれること、感じること、生きること、音、つながり、‥‥。何か、素敵なものが作れるに違いない。何より、有砂ちゃんが迷いなく乗り気になっているので、楽しみだ。

 

野村誠千住だじゃれ音楽祭、来年度の企画「千住の1010人 in 2020年」に向けて、プロデューサーの熊倉純子さんと事務局スタッフみんなで、会場候補地を歩いて巡る。いよいよ来年5月の開催まで9ヶ月。1010人の出演者と1010人の観客で、合わせて2020人が集うコンサート。コンサートの最終地点だけでなく、町のあらゆるところで行われる複数の同時多発の小規模の催しが、最後に一箇所に合流して1010人の音楽になっていく。合流する音楽。

 

そして、アコーディオニストの大田智美さんと、8月25日のコンサート(@カーサモーツァルト)に向けて、リハーサル。野村誠作曲の「動物の演劇組曲」(全11曲)と、「新潟組曲」(全6曲)と「ウマとの音楽」の合計18曲を、みっちり練習。「動物の演劇組曲」は、もともとズーラシアの動物たちとの即興セッションをベースに作曲した音楽なので、動物との交流の気配や感触が残っている音楽で独特。一方、「新潟組曲」は子どもとのワークショップをベースに作曲した音楽なので、子どもとの遊ぶような感覚が残っている音楽。だから同じ作曲家(野村誠)なのに、動物相手の音楽と、子ども相手の音楽では、ずいぶんと作風が違ってきて、その違いを味わうのは面白い。

 

二人での合わせるポイントや解釈の方向など、本番に向けてチェックすべきことはやれたので、明日は、個人練習。

 

ちなみに、「ウマとの音楽」の音源、ここで聞けます。

 

soundcloud.com

 

 

 

 

大田智美さん(アコーディオン)との濃密なリハーサル

東京に移動。大田智美さんと5時間を超える濃密なリハーサル。8月25日のコンサートで、野村作品17曲演奏する。「動物の演劇組曲」の多くが12年ぶりに演奏する作品の数々で、アコーディオンの音色が素晴らしすぎて、感動の連続。大田智美という素晴らしきアコーディオン奏者と共演できるのは、本当に素晴らしい時間。

 

 

tatsutoshi.my.coocan.jp

リボーンアートフェスティバル満喫!

リボーンアートフェスティバルに来ている。昨日、一昨日と詩人の吉増剛造さんとの25年ぶりのセッションを行った。今日は展覧会は休みだが、網地島の会場を訪ねて、展示を見てまわり、島と散歩と作品を満喫。

(詳しくは、のちほど更新)

 

深夜、クジラの解体を見学する機会を得て、2時間強に渡って衝撃を受け続ける。

栗鼠の掌の音楽を聞け!

宮城県石巻で行われているリボーン・アート・フェスティバルに来ている。石巻駅から車で1時間の鮎川地区でキュレーターを務めるのは、野村の親友である島袋道浩。島袋くんの案内で、展示を見る。

 

詩人の吉増剛造さんは、ホテルの一室で展示をしている。フロントで鍵を借りて、展示の部屋に入る。金華山を借景にする窓一面に詩が書かれている。ここで、吉増さんは日々詩作に励んでいる。アーティストインレジデンス。80歳の巨匠が、こんな挑戦をしていることに驚く。机の上に、言葉が書かれている。「若い親友、音楽家野村誠と、、、」と始まる一節の後に、「栗鼠の掌の音楽を聞け!」と書いてある。窓にも「栗鼠の掌の音楽を聞け!」。トイレにも「栗鼠の掌の音楽を聞け!」。詩の原稿にも「栗鼠の掌の音楽を聞け!」。昨日の25年ぶりのセッションが、また吉増さんの新たな詩につながっていくことは、本当に嬉しい。

 

その後、野外の展示を見に行く。車でないと行けない場所だ。写真家の石川さんの「掘削」は、非常にダイナミック。島袋くんの「白い道」は、鮎川の森と海と大地と鳥と響き合い歌う4楽章の交響曲のような野外インスタレーション。それは設置された彫刻とか美術とかではなく、ここで生まれた出会いの景色だ。そして鮎川の古い店や病院や民家を活用して、野口里佳の写真が鮎川の光と生活と時間を伝える。

 

今日も、吉増剛造さんの詩人の家で、野村がパフォーマンスをする。吉増さんは80歳で連日の本番ではお疲れだろうし、昨日、濃厚なセッションもあったので、野村がソロでやったり、吉増さんとお話をするなどでも十分かと思った。しかし、北海道や東京からも、わざわざ駆けつけて来るお客さんがいて、今日は出ないと言っていた吉増さんは、小道具を準備し始める。セッションが始まった。吉増さんは激しくハンマーを振り下ろす。ぼくは、ピアノを弾くだけでなく、目を閉じ、音を探した。フランスのカウベルが踊る。野村は石を拾い、石あそび。音楽家の青葉市子がボトルを吹き、ぶなしめじを石の上に置いていき、歌う。吉増さんは目を閉じる。市子さんが鍵盤ハーモニカを吹く。そして、ぼくは「栗鼠の掌の音楽を聞け!」と歌った。栗鼠の掌の音楽。そんな小さな栗鼠の掌で、交流し、交感し、感覚器官に雪が降りつもった。

 

25年前にぼくは20代だった。吉増さんは50代だった。昨日と今日、ぼくは50代になって、80代になった吉増さんと共演したが、そこに、新たな登場人物、20代の青葉さんが登場した。吉増さんとの体験が、二人だけで閉ざされるのでなく、次の世代の音楽家とシェアできたことは、嬉しい。そして30年後には、ぼくは80代になり、その頃に20代になる人が、間もなく生まれてくるのだろう。リボーン。リボーン、リボーン。栗鼠の掌の音楽を聞け!

 

 

吉増剛造との25年ぶりのセッション

京都から新幹線を2本乗り継ぎ、仙台へ。仙台から仙石線石巻へ。石巻から車で1時間、リボーンアートフェスティバルの鮎川会場に行く。道中、津波の被害の痕跡を感じたり、新たな住宅があったり、新しい道があったり、風景から8年前の様々な災害が想起される。

 

野村の親友、美術家の島袋道浩くんがキュレーターをしているのだ。詩人の吉増剛造さんの作品「詩人の家」。ミュージシャンの青葉市子さんのバー。外には写真家の野口里佳さんの巨大な写真。

 

島袋くんのリクエストで、ぼくが「DVがなくなる日のためのインテルメッツォ」を演奏し、続いて、「ノムラノピアノ」から「銀河」を演奏する。演奏しているうちに、外で鳴いているセミの声に反応し、気がつくと、ぼくはピアノを弾きながらセミになって鳴いていた。そして、気がつくと、ぼくはピアノを弾きながら、吉増剛造の詩を叫んでいた。「白金の古代天文台に雪降りつもり」と。吉増さんは、拍手をしている。吉増さんがぼくや島袋くんに遭遇した25年前のことを書いた詩「路上バンドに逢った日に神はドイツに行ってしまった」をぼくは暗唱しながら、ピアノを弾いていた。吉増さんは、すっと立ち上がり、パフォーマンスを始める。80歳の吉増さんは、80歳とは思えないエネルギーで、25年前の吉増さんと同じエネルギーで、いやそれ以上のエネルギーで激しくハンマーを振り下ろし、インクを垂らし、カウベルを頭にのせ、床を叩く。ぼくも、気がつくと、飛んでいた。壁を叩いていた。叫んでいた。詩を読むのではなく、詩になろうとしていた。吉増さんと25年ぶりのセッション。セッションの後、吉増さんは、さすがノムだ、あの頃の若さとか勢いとか鋭さが全く変わらない、というようなことを言ったが、その言葉はそのまま吉増さんのことだった。吉増さんも25年経っても変わらない詩へのパッションがある。

 

吉増さんが満足気に宿にお帰りになった後、バーで語り合っていると、地元のお客さんが来られたので、野村がちょっと演奏。「水戸黄門」と「メリーさんの羊」がそっくりなメロディーだ、という即興をした。

 

また、しばらくすると、地元の民謡が上手な方がやって来て、民謡を歌ってくれた。民謡の歌の伴奏を即興でする。すると、ミュージシャンの青葉市子さんが、ギタレレを持ってきたので、ギタレレとピアノの即興セッション。ギタレレでの美しいハーモニクスや繊細な音色で、非常に密やかな静かな即興演奏。吉増さんとの激しいセッションの後、地元の方々との楽しい交流の後、静かで繊細な音楽。その後、青葉さんがキーボードを弾き、ぼくがギタレレを弾いたり、歌ったり、踊ったり、7歳の銀ちゃんと市子ちゃんのキーボードと野村の鍵ハモでの即興。楽しい音楽の時間。80歳から7歳まで、交流が深まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍵盤ハーモニカは耳で演奏する

福岡市の隣の春日市ふれあい文化センターにて、ワークショップ「フルーツバスケットオーケストラ」開催。子どもたち約30名。

 

「鍵盤ハーモニカ・イントロダクション」で始める。子どもが、頭で演奏できるならば、口で演奏できないか?と言う。やってみる。今度は、耳で演奏できないか、と言う。やってみる。耳で鍵盤ハーモニカを演奏したのは初めてで、これは、本人にだけ微細な音がよく聞こえて、意外におすすめ。今までやったことがなかったけど、今度、鍵盤ハーモニカのワークショップをする機会があったら、みんなで試してみたい。

 

その後、フルーツバスケットをして遊び、途中から徐々に楽器を加えて、フルーツバスケットをする。指揮のルールを少しずつ複雑にしてのフルーツバスケットをしながら音楽を奏でる。みんな色々な楽器に触ってもらう。

 

せっかくだから、ピアノの側に集まってもらって、ピアノの内部(ダンパーやハンマーなど)を見てもらったり、ピアノに向かって叫んでみたり、いろいろピアノの音の不思議を味わってもらう。そして、せっかくなので、「ラジオ体操第1」をピアノで演奏してみんなに体操してもらう。ラジオ体操は、いつもピアノの生演奏があるが、それはラジオの向こうだ。毎回、生演奏だから微妙に演奏が違う。そんなことも意識しながらラジオ体操してみてね、と言う。

 

休憩の後は、トーンチャイムを鳴らして遊び、楽器とピアノで即興し、行列して演奏しながら練り歩いた。最後に、いろいろ感想を聞いて、ガーナのジェイムスに教わったアフリカの遊びをして終了。ワークショップが終わった後、楽器を片付けた後も、子どもたちが楽器を触り続けていたのが、嬉しいことだった。

 

ホールの職員の樋口さんは、大学の卒業研究の時に、野村の本(「音楽の未来を作曲する」)を何度も何度も読んでいたそうで、ホールを仕事を始めてから、ぼくをよびたいと、ずっと思っていてくれていたそうだ。それは嬉しい話だ。

 

学校の音楽教育は、なかなか学習指導要領などカリキュラムの制約がある。民間の音楽教育も、ヤマハ音楽教室など、既に確立したカリキュラムで教えている。そうした既存の音楽教育と類似したプログラムを、ホールがする必要はないと思う。しかし、そうした既存の音楽教育には馴染めない人は少なからずいて、ホールは、違った形で音楽と出会える場であり得ると思う。ホールに行けば、いろいろな音楽家に出会える。いろいろな音楽に出会える。音楽する仲間に出会える。そういうホールがあれば、ぼくもそこに行きたいと思うし、みんなもそこに来たいと思う。

 

帰りの新幹線は、始発だし余裕と思って自由席に乗ったら、超満員で1席だけあいていて、なんとか座れた。立っているお客さんもいっぱい。ああ、お盆休みの連休の終わりかーー。うっかり油断。京都に戻っても、通常の数倍の人混みの京都駅。