野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

千住の1010人 企画説明会前夜

阪神淡路大震災から25年。いつの間にか25年。

 

東京へ移動。

 

「千住の1010人 in 2020年」に向けての打ち合わせ。5月31日の開催に向けて、残り4ヶ月半。水上バス2台の予約も確定。電車の貸切も予定。道や河川敷や公園も使う予定。インドネシアやタイからも構想が届く。

 

長時間の打ち合わせのため、おやつタイムを挟む。明日の説明会は、事務局の新メンバーである西川さんと進めるので、その綿密な打ち合わせもした。

 

そして、ホテルにて、日本センチュリー交響楽団のワークショップ・ハンドブックの原稿執筆。

 

1年前に公開された2014年の「千住の1010人」の動画も、ようやく再生回数が1010回に達する気配。

 

 

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パラサイト 半地下の家族

明日から東京遠征だが、本日は休日。美術展などに出かけようと思ったが、急に思いついて、家の片付けなどが少し進展し、引越しの段ボールが消滅し、棚が移動し、家の快適度が増す。BGMにポーランドクラクフのクレズマーバンドが演奏するジョン・ゾーンのCDをかけると、アコーディオンの音色が鳴り響く。ああ、今、作曲中の「Beethoven 250」は、アコーディオンとピアノの曲だったなぁ。アコーディオンの魅力をいろいろ再確認。ベートーヴェンが生まれたのは、1770年だが、ベートーヴェンが死んだのが1827年デミアンアコーディオンの特許を申請したのが1829年らしいので、ベートーヴェンが亡くなった直後に、アコーディオンが誕生した。その後、アコーディオンは、ヨーロッパ各地に広がっていくし、コンサルティーナ、バンドネオンなど、様々な楽器も生まれ、20世紀になると、鍵盤ハーモニカという類似楽器も誕生する。ベートーヴェンが生きているうちに、アコーディオンが誕生していたら、ベートーヴェンアコーディオンのためにどんな音楽を作曲しただろう?

 

そうこうしているうちに夜になり、美術展に行く方針を変更し映画を見に行く。韓国映画、「パラサイト 半地下の家族」を見た。富裕層と貧困層という非常にわかりやすいテーマで展開するコメディで楽しく見て油断しているうちに、深みに引きずり込まれていく。しかも、色々なドラマが、驚くべきほどテンポよくあっさりと進んでいくのが、独特。登場人物の背景や文脈も、最小限にしか説明されずに、どんどん進んでいく。その展開を受け入れて最後まで見た。映画で描かれている半地下の家族が、信じられないほど仲が良いのも印象的。そして、無計画と計画についての面白い対比の言葉もあった。ぼく自身、計画しないで即興で行動することが大好きである無計画大好き人間であり、と同時に、計画することが大好きな計画人間でもある。そして、計画を変更することも多々ある変更人間でもある。

 

明日から東京。いよいよ「千住の1010人 in 2020年」に向けての説明会。1010人という多くの人を巻き込んでの催しなので、無計画ではなく、多くの計画をして臨む。と同時に、現場で変更しながら調整できる柔軟さをどのように作れるか、を大切にしたい。

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スペインとブラジル

スペインの作曲家ファリャについてレクチャーをした。鈴木潤さんが、ブラジルの作曲家ヴィラ=ロボスについてレクチャーをした。ぼくと潤さんが、クラシックの作曲家について解説するのは、かなり特異な出来事だと思うのだが、日本センチュリー交響楽団と仕事を始めて以来、こうした特別な出来事が、当たり前のように行われていて、本当に不思議だ。

 

潤さんが全身を使って、リズムの話を語り、楽器を奏でる。それは、レクチャーでありながら、鈴木潤のライブでもあった。ぼくも、ファリャの楽譜をどう読んだかを、楽器を弾いたり、歌ったり、踊ったりしながら、拙く説明した。ファリャの時代には、インターネットもなければ、あまり録音音源を聴く機会も少なかっただろう。そんな時に、スペインの各地の民謡や舞踊に、ひょっとしたら楽譜を通して出会ったものも、あったのかもしれないな、とも思った。

 

チェロの北口大輔さんと、潤さんが、ボサノヴァを演奏し、ぼくも鍵盤ハーモニカやシェイカーでセッションした。そして、3人で即興で演奏した。今日だけのスペシャル企画。

 

その後、メディアピクニックの岩淵拓郎さんと打ち合わせ。潤さんと執筆中の本について。日本センチュリー交響楽団が出すワークショップハンドブックを、オーケストラの部外者のはずだった潤さんと野村が執筆する。打ち合わせをして、なかなか不思議で面白い本になるとワクワクした。変な本にしたい。

 

 

 

 

 

スペイン民謡、ベートーヴェン、曽我大穂

明日のレクチャーで、北口大輔チェロリサイタルの演目であるファリャの「7つのスペイン民謡より」を解説するので、ファリャの楽譜を分析している。それで、本当はスペイン民謡に詳しい人が解説したらいいのだろうなぁ。YouTubeで、いろいろ見せられそうな動画を探してみたりはする。フラメンコやフォークダンスなど、楽しく見る。カスタネットは本当に独特な楽器。明日のレクチャーが楽しみになってくる。

 

相変わらずベートーヴェンを起点に作曲しているが、思えば遠くへ来たものだ。既に、ベートーヴェンは、遥か彼方になっている。今日も6時間ほどは譜面を書いて過ごす。

 

夜は、アバンギルドにライブを聴きに行く。いしいしんじさんの紹介で、「仕立て屋のサーカス団」、「シネマダブモンクス」などで活動する音楽家曽我大穂さんのライブ。ギタリストのコーヘイさんという方のソロ、曽我さんのソロ、そして二人でのセッション。ソロ演奏で、ルーパー(というエフェクター)を使って反復させると、一人なのに、複数のレイヤーをつくることができる。これは便利なのだが、一人で演奏している時に一人の音しかしないと、ソロならではの緊迫感があってよかったりする。曽我さんは、いろいろな楽器を操り、全身が楽器のような人で、時々、床を踏み鳴らしながら演奏していて、断片のように突然途切れたり、壊れたり、進んだり、踊ったりしながら、音楽を育んでいく素敵な音楽家で、一緒に演奏したくなった。終演後、いしいさんに紹介してもらって、いっぱいお話をした。一緒に演奏してみたい。

 

大相撲初場所は3日目。朝乃山も遠藤も全勝。

 

徹夜の音楽会2

「徹夜の音楽会2」を今年開催する。第1弾にもご登場いただいた作家のいしいしんじさんと打ち合わせをする。2年前の「徹夜の音楽会」では、襖に直接小説を書き、寝る前に寝付き小説を書き、朝には目覚まし小説を書き、大活躍だった。いしいさんとセッションをした。深夜2時の小説とのセッションは、意識が朦朧としながら、本当に特別な体験だった。今回は、また違ったアプローチで何かをやりたいと、様々なアイディアを交換。音楽会と言うが、2年前は、出演者の多くが音楽家以外の方々だった。今度も、面白いラインナップになりそう。

 

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自宅にて作曲。アコーディオンとピアノの曲。3月に、ベートーヴェン交響曲第7番をやるコンサートのプレイベントで初演される。で、ベートーヴェンと対峙して作曲している。

 

1996年に「踊れ!ベートーヴェン」というガムランと児童合唱のための曲を作曲した。「踊れ!ベートーヴェン」には、ベートーヴェンのフレーズは全く出てこない。どうして、このタイトルをつけたのか、はっきりとは覚えていない。インドネシアの伝統音楽に、日本の作曲家として向き合って、作った音楽。いろいろ試行錯誤して作った音楽。最後に、「踊れ!ベートーヴェン」というタイトルが舞い降りてきた。18世紀末ー19世紀前半に生きたドイツの作曲家を踊らせてしまおうという音楽。

 

1999年に「路上日記」という本を書いたことがあり、付属CDに、鍵盤ハーモニカの路上演奏によるベートーヴェンが2曲入っている。「テンペスト」の第3楽章と「熱情」の第2楽章。路上で演奏してみて、「サザエさん」とベートーヴェンでは、お客さんとのコミュニケーションが全く違った。ぼくの数少ないベートーヴェンの思い出。

 

今書いている音楽は、「Beethoven 250」と呼んでいるが、ベートーヴェンを別世界への旅に誘う音楽になる。どんどん上書きしながら、どんどん音楽が変身していく。ベートーヴェンが変身する。今日は、水戸芸術館で砂連尾さんが、「変身」していたらしい。水戸は見とかんとと、駆けつけた人もいる。ベートーヴェンも変身する。今日は、ベートーヴェンが鐘になった。

 

 

 

 

 

 

ベートーヴェンの呪縛

本日は、自宅にて、作曲。「Beethoven 250」というアコーディオンとピアノの新曲。2017年に、ルー・ハリソンの生誕100年に、「Homage to Lou Harrison」というヴァイオリンとバリガムランの曲を書いた。2018年には、ドビュッシー没後100年だったので、「Debussy 100」という鍵盤ハーモニカ二重奏の100小節の曲を書いて、これは、すべてドビュッシーの「前奏曲集」からのコラージュでできている曲で、作曲作業はドビュッシーと対話しているようで、楽しんだ。さて、ベートーヴェン生誕250年なので、「Beethoven 250」という曲を書くことにして、交響曲7番を題材に作曲を始めた。

 

実際にやってみると、佐久間さんと砂連尾さんが作った「カエルとヘビの歌」を題材に作曲するのに比べると、ベートーヴェンのメロディーを題材にするのは、なかなか大変だ。なぜなら、佐久間さんと砂連尾さんが作ったメロディーの方が、断然変で面白く、触発されるからだ。ベートーヴェンは、ぼくにも苦悩を強いてくる。面白いなぁ。ベートーヴェンみたいに、こねくりまわして、道を探すことを推奨されているような感覚。

 

3月末が本番なので、1月、2月の空いている時間に、少しずつ手直しをし続けて、推敲し続けて、上書きし続けて、ベートーヴェンと色々な角度から向き合ってみたいと思う。ベートーヴェンを起点に、どこまでベートーヴェンを拡張できるか。どこまでベートーヴェンから自由になれるか。どこまでベートーヴェンを忘れられるか。そういうことをやってみようと思う。多分、ベートーヴェンは、そうやって音楽に向き合っていたのだと思う。ベートーヴェンだったはずだったのに、だじゃれ音楽になるとか。ベートーヴェンだったはずが、相撲聞芸術になっているとか。ベートーヴェンだったはずが、カエルとヘビになっているとか。ベートーヴェンだったはずが、香港のi-dArtになっているとか。ベートーヴェンの呪縛から自由になるために、いろいろやってみよう。

 

とやっているうちに、少しずつ、ベートーヴェンの呪縛が、ほどけ始める。もっともっと、ほどいて、ほどいて、ほどきまくって、作曲したい。ベートーヴェンが縛ってくれたことに感謝。ほどいてやる!

 

 

 

勝部の火祭り

昨年、十和田のピアノを巡るツアーをした。映像記録は、YouTubeで公開されていて、その後、個人的にこの体験を、「十和田十景」というピアノ曲集にした。10曲のピアノ曲から、どう展開するかで、「ワルシャワ十景」を作曲しようか、と漠然と考えていた。そこから、京都のピアノを巡るツアーの構想が浮かび上がり、その打ち合わせ。十和田のツアーを企画した里村さん、写真家だけど映像で関わろうという草本さん、新聞記者でテキストで関わろうという岡本さん。待ち合わせ場所は、Solというカフェ。東九条マダン実行委員長で、研究者でもあり朝鮮楽器奏者でもあるヤンソルさんのお店。

 

東九条マダン劇は、30年近く前に見たことがある。マダン劇は、韓国で60年代に若者たちが農村の古典仮面劇をリサーチし、それを民主化運動の現代劇として広場(マダン)で行ったもの。京都の東九条では、マダン劇が続いている。そのマダン劇の話だけでなく、ヤンソルさんとの濃密な話があって、打ち合わせはピアノの話というよりも、東九条の話、崇仁地区の話、マダン劇の話、在日コミュニティの話、様々な話に及ぶ。そのことが、ピアノのツアーと結びついてきそうな予感。

 

続いて、滋賀県守山市に行く。今日は、日本有数の奇祭と知られる勝部の火祭りを見に行きたい、と岡本さんから提案があった。実は、ぼくは30年近く前に、勝部の火祭りを見たことがある。守山市勝部町にあるスティーマーザールは、調律師の上野さんがピアノと音の実験場として1988年につくった私設ホール。1992年頃に、勝部の火祭りを題材にしたコンサートを企画し、野村も新曲を作曲する予定だったので、この火祭りを見にいった(企画は実現していない)。

 

せっかく勝部に行くので、まずはスティマーザールを訪れる。上野夫妻と語り合うのは楽しい。そして、ピアノについて、火祭りについて、様々な情報を教えていただく。スティマーザールのピアノは、本当に生きた楽器で、演奏しがいのある楽器。CD「ノムラノピアノ」も、ここで録音した。

 

そして、夜、ついに27年ぶりに勝部の火祭り。27年経っても、古い街並みは残っていて、大規模な祭りは縮小することなく行われていて、数多くの若者が裸にふんどし姿で、太鼓をかつぎ、巨大な5メートルもあるカリフラワーのような松明をかつぐ。そして、予想通り、様々な儀式ののち、点火するとあっと言う間に終わった。滋賀県は、本当に色々な奇祭がある。火祭りも多い。相撲神事もいろいろあるので、また、少しずつリサーチしていきたい。

 

ということで、火祭りに触発されて、ピアノツアー計画も面白い打ち合わせになった。そして、作曲に着手した「 Beethoven 250」も、火祭りや相撲など、ベートーヴェンが考えもしなかったものを、いっぱい盛り込んでいきたい、と思った。