野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

インプロクラブ+カール

昨夜から宿泊中の作曲家・音楽療法家のCarl Bergsttoem-Nielsenと一緒に、相愛大学石村真紀(ピアニスト・音楽療法士)を訪ねる。向かう道中を、カールは自分の楽譜を見せてきたり、ずっと話し続ける。ぼくは朝で半分寝ぼけているけど、彼はハイテンション。様々な休符だけが書いてある曲があって、これは9月11日に世田谷美術館でやる『P−ブロッ雑音楽の世界』でできるかも、と思いつき、譜面をもらう。カールは、シュトックハウゼンの直感音楽に影響を受け、デンマークで直感音楽のフェスティバルをやっているらしく、そこに若尾久美さんが参加したのがきっかけで、若尾裕さんと知り合ったとのことだった。シュトックハウゼンの楽譜も持ち歩いていて、色々見せてくれる。「4日間断食して、その間考えないようにして、沈黙し続けて、4日が過ぎた後、音を鳴らし、その音に考えずに耳を傾ける」というような曲があった。シュトックハウゼン自身がこれをやったかどうかは分からないけど、これをやったら凄い体験だろうなぁ、と想像する。カールの友人はやってみたらしいが、カールはやっていないらしい。ところで、シュトックハウゼンと言えば、先日しばてつさんがシュトックハウゼンのオペラを見に行ったら、舞台上に一人のシンガーがいて、その後ろに4人の演奏家が並んでいて、P−ブロッの「でみこの一生」と同じ舞台配置で驚いた、とのこと。シュトックハウゼンがP−ブロッの真似をしたわけではないだろうから、偶然の一致。偶然の一致と言えば、作曲家のクリスチャン・ウォルフの話が出たので、「ぼくは94年にロンドンで彼の作品を演奏したよ」と言ったら、カールも同じコンサートで同じ曲を演奏していた。つまり、ぼくらは94年に共演していたわけだ。作曲家のマイケル・パーソンズが企画したスクラッチ・オーケストラ25周年記念コンサートで。スクラッチ・オーケストラは、マイケル・パーソンズコーネリアス・カーデューらが、1969年に結成したグループで、演奏技術を持たないメンバーが集まって音楽の共同創作を試行錯誤していた音楽の実験場みたいなもの。
さて、相愛大学につくと、石村真紀ちゃん、カールと3人でさっそく即興。一気に50分演奏した。カールが声を多用するので、真紀ちゃんもいっぱい声を出した。「次回は声を出して下さい」と言う北島京子さん(編集社、あおぞら音楽社社長)がその場にいたら、きっと喜んだだろう。真紀ちゃんは、好調に踊るし、声は出すし、ピアノも弾くし、自由に楽しくノビノビ。カールは、ホルンや声やメロディカで、渋いアプローチ。真紀ちゃんは、音楽療法セッションでも、声(奇声も含めて)を出したり、踊ったり(怪しい動きも含めて)は自然にしてるから、抽象的な音楽になればなるほど、持ち味を発揮するなぁ。
その後、カールと音楽療法の話や、即興演奏をどう教えるかという大学の先生同士の話題で真紀ちゃん+カール対談を楽しむ。カールが音楽療法を習ったデンマーク音楽療法士は、イギリスでメアリー・プリーストリーという人に音楽療法を学んだ。プリーストリーの音楽療法は、ノードフ・ロビンズの音楽療法に比べれば断然自由で、型にはめず、創造的で、自由な即興をベースにしているよ、と彼は言った。このプリーストリーって、確か沼田里衣さんが翻訳してた本の著者の人だなぁ、読んだことないけど。フリーインプロに興味が強い沼田さんだから、その人の本を翻訳したのかな。まあ、ノードフ・ロビンズっていうのは、結構、セラピストが型にはめやすい自由度の弱い即興が多いようだが、そのノードフ・ロビンズを勉強したのに、そこからドンドン自由になっている真紀ちゃんは、変わり種なのだろう。
カールが帰った後は、真紀ちゃんの音楽療法セッションのビデオを見せてもらったり、ぼくのオルガン曲の譜面を二人で初見連弾してみたりして、その後またまた二人で即興。真紀ちゃんと即興して思うのは、彼女と会わなかった1ヶ月間に彼女が数々の音楽療法セッションを経験してきている、ということ。そこでの体験が彼女の音楽性を明らかに変容させている。だから、彼女の音が微妙に変化している。そして、ぼくは彼女の音楽療法を見学に行かなくても、彼女が音楽療法で子どもと体験したエッセンスを、こうやって即興で演奏することで、間接的に体感できるのだ、と思った。逆に言うと、ぼくがこの1ヶ月間に体験したことが、ぼくの音を変容させていて、それを彼女は体感しているだろう。そう思うと、月に1度のインプロクラブは、実りの多い交換の場であると思う。