野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

ピアノの本音vol.4

ピアノの調律師の上野泰永さんという人がいる。というよりも、調律師という言葉の範疇を超えたクレイジーな人がいる、と言った方がいいかもしれない。ピアノの音色を追い求めて、理想のピアノを追い求めて、独自な路線に行き過ぎた人だ。

 

1988年に、自らの調律の実験のために、私設ホールStimmer Saalを開く。と言っても、お金持ちの道楽とかではない。ホールに隣接する自宅は、ホールよりも遥かに小さい。ピアノの音を追求するために、自分のピアノ音響に関する実験場を作らなければいけないと考えて、ホールを作ってしまった人だ。

 

その後も、ピアノは不完全な楽器であり、まだまだ改良の余地があるのだ、と夢を追い求め続け、「未来のピアノ」なるピアノの特許も取得するなど、ピアノの道を追求する。ヤマハスタインウェイベーゼンドルファーもベヒシュタインも、世界のあらゆるピアノメイカーのつくるピアノは不完全だから、新しいピアノを作らねばと言う。

 

ぼくは、上野さんと1991年頃に出会い、30年近く、彼のピアノに関する問いを聞き続けてきた。共感できるところがたくさんある。そして、ここぞという時、いくつもの本番で、調律で奇跡を起こしてくれたのも上野さんだ。

 

その上野さんが、人生の全てをかけて、ついに「未来のピアノ」をつくろうと、必死になっている。生きているうちに、実現するか、夢が叶わずに死ぬか、どっちか、と上野さんは言う。今日は、上野さんのホールを訪ね、5月26日に開催する「ピアノの本音」第4回に向けて、6時間に及ぶ上野さんとのディスカッション、そして、ピアノと音に関する実験を行った。そして、「未来のピアノ」で上野さんがやろうとしていることを、今までよりも理解することができた。

 

インドネシアの作曲家Gardika Gigih Pradiptaも一緒に上野さんのところに行った。彼は、5月26日のコンサートに、ゲスト出演することになっている。ギギーは、上野さんの言うことに、最初は当惑した。そして、上野さんのところにあったスタインウェイのピアノ、ヤマハのピアノ、ベーゼンドルファーのピアノのそれぞれを弾いてみて、上野さんのピアノには命が吹き込まれてると驚いた。そして、椅子を変えるとどれだけ音色が変わるかの実験を一緒に楽しんだり、ホールの聴く場所を変えるとどんな音響かを確認したりして、音の世界に浸ったのち、5月26日のコンサートに向けて、新曲を作曲すると言った。

 

映画監督の上田謙太郎も上野さんに電話をかけてきた。彼は、映画「調律師とピアニスト」で上野さんの仕事のドキュメンタリーを撮っている。5月26日にかけつけてくれると言う。

 

インドネシアのピアノ、ヨーロッパのピアノ、日本のピアノ、いろいろなピアノを弾いた。3月には、十和田で様々な家のピアノを弾いた。一つとして同じピアノはなく、それぞれに味わいがある。でも、そんな数多くあるピアノの中で、上野さんのピアノは、上野さんの思いがつまりまくったピアノで、それは決して扱いやすいピアノではない。(ぼくは、車を運転しないからわからないが、おそらく、普通のピアノがオートマの車を運転するような感じだとしたら、上野さんのピアノは、ハンドルに一切あそびを作らないF1のレースの車のような極限を目指したピアノだと思う。)また、上野泰永のピアノとガチのコンサートをするのか、と思うと、覚悟して臨まないといけない。でも、ギギーが言った。「マコトさんは、いつもリラックスしてますね」。覚悟するけど、脱力で臨みます。

 

ピアノの本音

5月26日(日)

14時開演

前売 2000円

当日 2500円

会場 スティマーザール

問い合わせ 077−583−8411