野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

Ben Suhartoの3原則

 砂連尾理さんも、いよいよ明日には帰国。今夜は、Miroto Martinusのダンススタジオを訪ねました。ぼくがミロトと出会ったのは、今から11年前の2000年6月。韓国でのJoukusan Interational Festivalでした。その時、踊っていたソロダンスは、とても美しかった。砂連尾さんも、10年近く前に、京都で一度ミロトと会っているらしいです。質問好きで、喋ることが大好きな砂連尾さんと話しているうちに、ミロトは、自分の大切な先生の話をしてくれました。それは、Ben Suhartoさんです。
 ミロトに即興を教えてくれたベン・スハルトさんが亡くなられたのは、1997年。ジャワでは、死後、3日後、7日後、40日後、100日後、1000日後に、法事があるらしいのですが、その100日後だったか1000日後だったかの日に、ベンさんの弟子達が協力して、ベンさんを記念する大きな公演が行われたそうです。そして、その時に、ベンさんの振付を再構築する人も何人かいたらしいのですが、ミロトは、ベンさんの即興を再構築して、ソロダンスを作ることにしたのだそうです。
 ミロトは1ヶ月間、毎日、ベンさんの即興のビデオを見て、その中から動きを抽出したり、動きに名前を付けたりして、ベンさんの即興の再構築作品を作ったのです。ところが、公演の直前になっても、それらの動きは、ベンさんの物真似にしか過ぎず、ベンさんのようにはできない。公演前日に、ガムラン演奏家とリハーサルを終えたミロトは、マネージャーに「もう無理だ。明日の公演はできない」と言いましたが、マネージャーからは、「もう新聞にも載っているし、今さらキャンセルできない」と言われます。
 そこで、ミロトはベンさんのお墓を訪ねて、ベンさんに祈るのです。「色々やってみたけど、無理です。これで、公演で踊ってみていいのでしょうか?」と。そして、祈りながら、ベンさんのお墓の周りをゆっくり動いているうちに、ミロトは、ベンさんの魂がミロトの傍らに現れたのを感じます。そして、ベンさんの魂は言うのです。「君に教えた3つの原則があるじゃないか。ただ、それだけやればいいんだよ。」
 ミロトは、ベンさんのメッセージを受け取り、ベンさんの3つの原則に従って、即興をしました。それは、本当に大成功で、ベンさんの親友から、「あなたの身体の中に、ベンさんの魂がいた」と言われたほどだったそうです。そして、この即興をきっかけに、ミロトはベンさんから教わったことを若い人に伝えていきたいと思い、郊外にダンススタジオを作り、場所を若い人達に無償で提供し、若い人達に無償で教えているのです。
 そんな話を聞いた後、ベンさんの遺志を継ぐ夜のスタジオで、砂連尾さんとミロトの会話が、いつの間にか即興のダンスになり、ダンスの気配と、川のせせらぎと、ベンさんの魂に触発されて、ぼくも鍵盤ハーモニカを吹きました。音楽はぼくの身体を通して自然に流れてきて、空間に溶けていきます。音が解き放たれた薄暗がりの空間での二人の動きのやりとりは、本当に美しかったのです。
 ベンさんの三原則とは、(1)全ての物事を敬う(2)心を開く(3)忍耐強く待つ、の3つです。そして、この3つは、常に関係し合っているのです。そして、ダンスだけでなく、生きていく上での全てに関わってくる原則です。ピナ・バウシュの下でも学び、アメリカでもダンスを勉強し、海外での活動も多いミロトですが、彼の最も大切な先生は、ベン・スハルトさんなのです。
 帰り際、台所の中から家の外に向かって伸びている木に気づいて、「あれ、木があるね」と言うと、ミロトは、「ぼくはここにスタジオを作りたかったけど、木もここに生えている。ぼくもやりたいことがあるけど、木の意志を聞かなければいけないし、木は切らずに、ここに居てもらっている。木と約束したからね。」木と対話できるミロトは、表面上のテクニックだけではなく、伝統芸能の精神の一番大切な何かを継承している人だと、ぼくは思った。

ベン・スハルトさんについては、4月7日の日記も参照下さい。
http://d.hatena.ne.jp/makotonomura/20110407