野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

i-picnic in krems 2009

クレムスのフェスティバル「コントラステ」、いよいよ本番。ウイーンから、内橋華英、香音さん親子、アコーディオニストのグジェゴシュは来られないが、パートナーのヴィクトリア、息子のパウル、そして、グジェゴシュのアコーディオンの学生などが見に来てくれる。子どもの親など地元の人も多数。フェスティバルの昨日、一昨日の出演者の多くは、既にクレムスを後にしていて、でも、何人かは来てくれている。

まず、映像「Over the Danube」を上映。これは2年前の野外での即興の映像。この映像から、今の室内での即興がクロスフェイドすることだけは決めていた。でも、どうやって始めるかは決めていなかったが、映像を見ていたら、2年前の自分が鍵ハモを引きずる奏法をしていたので、ぼくは、この奏法で映像と重なって自分の即興を始めることにした。2年前の9月は、白井剛くん(ダンサー/振付家)と「フィジカル・メロディカ」を発表したし、8月は、やはり白井君と「フィジカル・ピアニスト」を発表した。そんなことの延長に「キーボード・コレオグラフィー」があって、そこから佐久間新くんの振り子奏法もある。でも、もとを正すと、2003年のガムラン「ペペロペロ」を振り付けるように作曲したことまで遡っていくのだけど、、、。2年前の自分の奏法をなぞりながら、即興が始まる。この即興は、ワークショップの参加者なしでやろうと思っていたので、照明の当たる範囲を小さく設定しておいた。i-picnicの出演者5名は、照明の中にとどまるかと思うと、佐久間くんなどは動く範囲を求めて、照明の外でも踊っていた。でも、照明の外に出ても、決して照明は変えないという念を押していたので、照明はあたらないことは、出演者も承知の上。

その後、ステージ上で、佐久間くんのピアノソロ。振り子奏法。1月に、宮城県の保育園で発見されたピアノ奏法は、8ヶ月後にクレムスまで旅をしている。ピアノの椅子の位置のためか、いつもよりも普通のピアニストらしい姿勢での振り子奏法。静的な音が繊細に鳴っている。ぼくは、客席後方に移動し、次の出番の準備をしながら、ゆったり味わう。フェスティバルディレクターのジョーが不安そうに歩み寄って来て、「ワークショップ参加者が出てきてないけど、大丈夫なのか」と言う。ぼくは、ここまでは予定通り進行していることを告げる。

次は、ぼくの鍵ハモソロ。佐久間氏のピアノの音に呼応するように吹くたくなった。吹いているうちに、客席にいるASO(養護学校)の子どもたちと目が合う。ちょっとしたアイコンタクトがありながら演奏しているうちに、2年前に、「Touching Melodica」を演奏したマチアスと眼が合う。今回、ワークショップの初日、マチアスはいなかった。先生から、今回は参加できない、と聞いた。2回目のワークショップに彼は来た。でも、コンサートには出演できない、と先生から聞いた。3回目のワークショップの時、コンサートには出演できるかどうか分からないと先生から聞いた。だから、今日、マチアスがこの場にいるのは、期待していなかった。でも、よりによって、ぼくの演奏しているすぐ側に彼の車椅子があって、彼の目は出番を待っているように見えた。ぼくは気づかなかったが、ぼくの演奏中、彼は、踊るように手を動かしていたらしい。ぼくは、マチアスの前に鍵ハモを差し出した。彼の手は鍵ハモの演奏を始めた。ぼくは息を吹き込みながら共演する。

ぼくの鍵ハモソロの後は、アナンのソロで、そこに中川真さんのクンダンが加わる。そこから、ワークショップ参加者の加わる即興へと移行するというプラン。ここから照明のあたる範囲が広がることになっている。ヤーラやパトリシアがぼくをくすぐってくる。ぼくもくすぐり返す。でも、照明の中央の佐久間君が踊ったりするスペースには来ない。ぼくは一度、即興の輪から抜けて、照明の人のところへ行き、照明のあたる範囲をさらに拡大し、明るさを増してもらう。ここは、明る過ぎると却って子どもたちが出てきにくいのではないか、と思って、やや暗めに明かりをお願いしていたが、明るい方がいいような気がして、変更。大人は段取りとして、そこで出てきて踊ったりするが、子どもはあまり出てこない。ぼくが、ペーターを呼んで、出てきてという合図を送ると、彼は堂々と出てきて、突然、参加し始める。他の子どもにも合図を送ると、子どもたちは出てくる。

ロベルトの歌の時間。彼は、クラヴェスを持ち、ぼくがカウベルを叩き、やぶくみこが缶を叩くと、「Ermin du stinkst」を必ず歌う。この歌は、ワークショップの初日に生まれた。ぼくは、カウベルを舞台上のピアノの側に隠していた。ロベルトの歌ができるように。カウベルを取りに行くと、舞台上からフロアーでの様々なパフォーマンスが見える。ピアノがせっかくあるのに、弾かずに帰ることもないので、ピアノで応じる。ヤーラが太鼓を叩き続けている。観客である内橋香音ちゃんは、いつの間にかダンサーの一人になっている。この時間が、もっと続いて欲しいけど、ロベルトにも歌って欲しい。ぼくは、カウベルを鳴らし、ロベルトの歌の時間に入る。

ところが、ロベルトはクラヴェスを叩くが、歌わない。もともと、クラスの大勢が賑やかな即興をしている輪に入るのが苦手で、隅の方で様子を伺っていたのがロベルトだった。本番も、どこか隅の方にいるだろうし、歌うかどうかも分からなかったし、歌っても微かな声になるかもしれない、と考えて、ダンサーの佐久間くんに隠しワイアレスマイクを持ってもらい、踊りながらロベルトに近づいてもらう、という段取りもしていた。彼の歌声が客席に届くといいな、と考えていたが、彼は歌わなかった。そして、無心にクラヴェスを叩き続けた。

そして、最後の演目、音楽学校BORGの演奏に移る。今回は、70分の一続きの作品として構成した。15才の約30人の生徒のうちの80%くらいは出席で、本番に出なかった生徒もいる。曲はまずまずの流れで進行していき、Ketchupが始まると、なんとペーターがふらふらと歩いて来て、吹奏楽団の前で、おもむろに指揮を始める。これが驚くことに、正確に拍とあって4拍子の指揮になっている。一体彼は、これをどこで覚えたのだろう?そして、他の子どもたちまで指揮を始める。そして、最後に、アナンとぼくが会話を始めるシーンでは、それをきっかけに中学生たちも演奏をやめて会話を始めることになっていた。そこで、指揮をしていたASOの子どもたちも、中学生が会話を始めるよりも速い反応で、会話をし始めた。こいつら、即興力すごいある。

作品が終わって最後の照明の暗転がうまくいかず、中途半端にカーテンコールが始まって、みんなを紹介して終わる。これが、ぼくの目から見た今日の流れ。違う人は、全く違う時間を過ごしていたことでしょう。

そして、ドナウ川沿いに片道20キロ、往復40キロのサイクリングをして、打ち上げをする。また2年後、クレムスに来よう。皆さん、お疲れさま。