野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

山口で向井山朋子を聴く

山口情報芸術センターまで、向井山朋子のコンサート「Sonic Tapestry Ⅱ」を新幹線で3時間かけて聴きに行った。わざわざそんな遠くまで聴きに行かなくても、と思うのだが、なんだか西の方に体が向かった。

3時間の旅のともに、京都駅の本屋で、いしいしんじの「ぶらんこ乗り」を購入。というのは、家を出る直前に読んだメールに理由がある。NHKの「あいのて」のディレクターから、本気で子どもを挑発する番組を作りたいと思い立ったきっかけが、いしいしんじ氏への取材だった、というメールをいただいた。だから、新幹線での時間の読書が決まった。

山口情報芸術センターに着いた。2001年から開館準備のプレイベント「山口アートマネジメント隊」というプロジェクトのために通い続けた山口。そして、3年後の2004年に開館記念イベントとして「しょうぎ交響曲の誕生」というコンサートを行った。今年、同名のCDを山口情報芸術センターからリリースした。開館から2年、山口はどうなっているのだろう?

向井山朋子さんと会うのも2年ぶりだ。2年前、オランダで一緒にコンサートをして、その直後に名古屋でのイベントを見に行った。これから、一人のためのコンサートを始めると言っていた。

ホワイエで行われたコンサートには、老若男女100名以上が集まっていた。昨日と今日の2日公演、山口という小都市で、実験的なピアノコンサートにこれだけの人が集まっているし、展覧会のインスタレーションもうまく市民につながっているように感じた。開館当時にあった熱気が冷めずに、着実に2年間走り続けている。

向井山朋子の作品は、予想外だった。新傾向だった。今まで知っていた向井山テイストと明らかに違ったのだ。向井山朋子という強度を持ったパフォーマーによる現代音楽がコンサートという形式と闘っている情景ではなかった。時に力強く、時に謙虚に、ピアノが語る。映像が控えめに語る。コラージュされた作品は、バッハやベートーヴェンもあったが、それは、解体されるべき古典という記号として存在するのではなかった。

向井山朋子のピアノは、クラシックを弾いていても現代音楽を弾いていても、その音はクラシック音楽の表現から程遠い何か別の方法のように聴こえた。敢えて崩したりしていないのに、自然にそうなっていた。彼女は彼女独自のピアノ表現というものを、いつの間にかこんなに蓄えていたのだ。多分、「for you」と呼ばれる、たった一人のための15分のコンサートを、1日10公演、なんていうことを、連日行うという体験をしてきて、彼女のピアノは知らぬうちに変化してきたのだと思う。千利休茶の湯のような、カウンセリングのような、密室で二人っきりのコンサートを続けて、彼女は明らかに変化している。

オランダ人の若い作曲家と知り合った。アマチュアを巻き込んで、大編成の音楽を作ることに興味があって、ロックフェスティバルで400人の金管奏者の野外パフォーマンスをしたりとか、子どものヴァイオリンも、合唱も、プロの音楽家も一緒になったようなパフォーマンスをしたこともある、と言っていた。どんなものを作っているのか、作品を聴いてみないと面白いのかどうかは分からないけど、これはいい出会いかもしれない。

アートマネジメント隊「野村チーム」のメンバーや、YCAMスタッフとの再会は、懐かしいけど、みんな現在形だったので、ただ懐かしいというより、前を向いていて、それが何より嬉しかった。誰も思い出話にならない。マネジメント隊の報告会の時、ぼくは報告会を予言会に改名しようと言ったけど、今日来てみて、予言会はまだまだ続いているんだ、と思った。

ホテルに泊まらず、舞台監督の宇野さんのお宅に泊めてもらった。秋吉台芸術村のマチコさんと宇野さんと、深夜3時すぎまで語ってしまった。話題はいろいろだけど、山口面白いから、もっと面白いこと企もうよ、ってこと。