野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

向井山朋子のLove Song

ピアニストの向井山朋子さんが熊本でコンサートをするというので聴きに行く。会場の早川倉庫は、床がコンクリートのためか響きもよく、そこにフルコンのピアノを搬入してあり、大籠千春によるインスタレーションが空間をつくり、出野尚子の淹れる中国茶と平山千晶のお菓子を受け取る。向井山朋子さんは、現代音楽のスペシャリストで、《Away from Home with Eggs たまごをもって家出する》(2000)は、彼女のために作曲したピアノ曲だ。

 

www.youtube.com

 

でも、今日の朋子さんは、ほとんど現代作品を弾かなかった。バッハ、ラモーがメイン。昨年他界したオランダの巨匠ルイ・アンドリーセンが彼女のために書いた曲があった以外は、現代作品はない。こんなにクラシックばかりを弾く彼女を聴くのも初めてで(終演後、本人に聞いたところ、こんなにクラシックばかりを弾くのは初めて、すごく緊張したとのことだった)、てっきり現代作品をいっぱい弾くのだろうと思い込んで行ったので、驚いた。

 

ガウデアムスの現代音楽コンクールで優勝し、世界各地のオーケストラや現代アンサンブルに客演し、華々しい活躍をした超絶技巧のピアニストであり、メレディス・モンクの曲を歌いたいと、モンクに直接コンタクトして楽譜をもらって弾き語りをする歌い手でもある。今日のコンサートは、『Love Song』というタイトルがあって、あんなに魅力的な声を持つ朋子さんの実際の歌声はなく、それはピアノという声で伝えられる。ピアノは、時に囁きになり、時に叫びになり、時に歌になり、時に嘆きになり、時に祈りになる。バロック音楽は、こう弾かなければいけない、という因習は全く関係なく、ラモーを通して、向井山朋子が表出したい音がその時その時に出ていた。それは、クラシックであるとか、現代であるとか、関係なく、ただ向井山朋子の世界として、そこに出現していた。30分くらい、何曲も何曲もラモーを弾いて、この音で終わる、と思ったら、やはり、それが終わりだった。自分でもなんで終わりとわかったのだろう、と思ったが、多分、そういう弾き方だった。それくらい伝わってくる弾き方だった。

 

それと、会場の空間など総合的に演出していくことも、それぞれの場所で女性ばかりのチームを組んで行うことも含めて、彼女が何十年も前からやっていたことが、一貫して今に続いていて、着実に形になっていることを、本当に嬉しく思う。そして、同世代にこうやってしっかり歩んでいる人がいることは、とても励みになる。

 

終演後は、色々な方々とお話もできて、最後は堀切春水さんと里村真理さんとたくさん語り合った。