野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

大学生とのコンサート

朝、メールをチェックすると、知人が大友良英さんのブログの日記を転送してきた。9月20日の日記だったかな。知的障害者のワークショップを見て、皿を投げるのは音楽ではなく、ただの遊びだと思った、障害者の音楽を面白いと発見するのは、コロンブスアメリカ大陸を発見する、というような見方じゃないか、などなど、大友さんの感想が書いてあった。大友さんが「知的障害の人と音楽をすること」に色んな疑問を感じ考えることは、納得がいく。しかし、彼の日記の中に、そういう疑問ばかりが噴出したということは、その場にいた知的障害者が、大友さんが共演したいミュージシャンではなかったのだろう、ということが残念だ。その日記の内容をヒューと話した。その疑問点はいい疑問だね、でも、皿を投げるのは音楽だと思うけどね。ぼくらは、音楽が音楽でなくなるギリギリの境界で仕事をしている。または、音楽でないものが音楽になるギリギリの境界線上で仕事をしていることが多い。だから、いつも「音楽」について考えることになっているなぁ、と思った。
ちなみに、大友さんの場合、90年代前半、サンプリング、引用というポストモダン的アプローチで音楽を解体し再構成する作業をしていたわけで、それは、既存の音楽や文化を前提にして、解体し再構成するわけだ。ところが、そもそもそういう文脈のない状態で、「皿を投げるとかも音楽です」となった時に、ポストモダンもプレモダンも無関係に等価に置かれてしまう。だから、大友さんの音楽はそういった文脈を知らない人にとって無効か?というと、ぼくは違うと思う。大友さんが知的障害の人とコラボレートする時に、そういうコンセプトを超えた別の次元で音楽を構築していくことになるだろう。大友さんの価値観と共演する知的障害の人の価値観のズレが大きくあるはずだ。そのズレの中で、どんな即興演奏が繰り広げられるのか?どんな音楽が行われるのか?このプロジェクトは、大友さんのポスト・ポストモダンから脱出するきっかけになるのではないか?そんな風に思うと、楽しみだ。
ハダスフィールド大学のヒューの研究室に着くと、隣の部屋から現代音楽の難しそうな曲を練習しているピアノの音が聞こえる。なんでも、現代音楽をいろいろ初演しているピアニストが今年から講師になったらしい。紹介してもらった。「パニック青二才」と「たまごをもって家出する」の譜面をプレゼントしよう。
さて、大学生との「ホエールトーン・オペラ」ワークショップ。昨日100人ほどいた学生は80人ほどに減った。この内容だから、半減するのではないか、と思ったが、多くの学生が楽しんだようで、ほとんどの学生が二日目も参加することにしたらしい。
まずは、ウォーミングアップに、「指揮1、2、3、4」をやった。1が持続音、2が反復リズム、3がアドリブ、4が空手の動きに合わせて演奏。つまりはこのルールに基づき演奏は全部即興。昨日よりも演奏がよくなっている。指揮者をやりたい人を募ったら、挙手する学生がいたので指揮をやってもらった。かなり面白く指揮をしてくれた。
すっかり解れたところで、5つのグループに分かれてもらい、1時間で創作してもらった。果たして、うまく創作できるだろうか。各グループが20人近い人数だから話し合ったりすることも難しい人数だ。その難しい状況を体験し、そこでなんとかするのがこの課題の意味だ、とヒューが説明する。だから、なんとかしてね、ってこと。
1時間のグループワークの後、St. Paul Churchで各グループの成果を発表。「2 Dances of Jamaican Cow」のグループは5拍子の曲、二人のダンサー(バレエとタップダンス)がいて、高い音の楽器がカバ(ヴァイオリン、フルートなど)、低い音の楽器が牛(ユーフォニウム、チェロなど)となって、2グループが交互に演奏。最後は二つが合体する曲。ヒューがコメントをするが、ダメ出しはしない。どこが工夫されていていいか、を言葉にしていく。この会場でこれだけ離れて複雑なリズムを合わせられるのは、大したもので、プロのジャズミュージシャンでも苦労する、などなど。
「Japanese bad news」は、パーカッション2人、声4人、金管楽器が大勢に、チェロ2人とヴァイオリン1人いう編成。楽器の音量のバランスがアンバランス。そのアンバランスをうまくいかして、パーカッションや金管が思いっきり演奏して抜けた時に弦楽器が聴こえてきたり、声が微かに聴こえたりするのが素敵。「A Capella」は、きれいなボーカルアンサンブルを作るのかと思いきや、最初にサックス2人が思いっきりの良いソロを吹いたあと、叫ぶ合唱団になった。怒り、悲しみ、暴力、などのテーマを決めて、そのイメージで曲を構成して各自が声を出していたようで、途中までは狂った叫んでいる人たちだったのが最後に美しいハミングのような声で「も〜し〜も〜し〜」を響かせている偶然のハーモニーが美しかった。「Blackpool Funny」はブラックプール特産のダンスをワルツにして演奏。一人のトロンボーン奏者が踊りながら調子はずれの音を出す。フィッシュ&チップスもブラックプール名物。みんなが口で食べるノイズを出しながら、その音にのせて、フィッシュ&チップスを超低音でお経のように歌う、などなど。「Grand Finale」はD-durのレ・ミ・ファ#・ソ・ラの5音だけを使ったメロディーだった。ここでお昼休み。5グループとも、かなりはじけた演奏だった。
昼休み、えずこホールの佐野さんとヒューと3人で、打ち合わせ。来年4月のホエールトーン・オペラ全幕上演をどうするか、について。春に日本で、秋にイギリスで全幕上演するが、音楽もストーリーも同じだけど、中身は日本公演とイギリス公演で全く違う内容にしたい、ということで合意。色々、相談して、1〜4幕に参加してくれたゲストアーティスト全員にどちらかの公演に参加してもらいたいこと(予算が大変だけど)、日本公演では日本でワークショップで作った1・3幕は、ゲストミュージシャンにより演奏し、イギリスで作った2・4幕を日本でワークショップをして作り直す、という案が有力になった。また、地元の吹奏楽団、児童合唱団などに、いくつかの曲で参加してもらうといいだろう、ということになった。
午後のワークショップではフィナーレの曲のアレンジ(もちろん譜面は使わずに)、それから通し稽古をやった。シーンからシーンへの移り変わりなどをチェックしつつ、演奏も演出も良くなっていった。打ち合わせから戻って来た吉野さつきさんが、「ちょっと見ない間に、またレベルアップしてるね」と言う。
5:30からコンサート。学生の授業の成果を発表するインフォーマルなコンサートだが、30〜50人ほどの観客がいた。出演者が70人だから、出演者の方が多いが、せっかくの授業の成果をこうやって公開にしておくと、やっぱりお客さんの前でやるのと、単なるワークショップでは演奏する方の緊張感が違う。本番は、やっぱりテンションが高く、いい演奏だった。途中、ワルツやフィナーレの曲は明らかにテンポが速かった。緊張すると心臓の鼓動が速くなりテンポも上がってしまう。大成功で終わった。参加した学生のうち15人ほどが日曜日のコンサートにも参加したい、と残ってくれた。大学の必修の授業で、自分の専門と無関係で参加した即興創作オペラのプロジェクトにこんなに関心を持ってくれたのは、嬉しいことだ。その15人は本番にも参加してもらうことになった。
今日は、忙しい日だ。朝からずっと働きづめ。コンサートが終わって、場所を移動。今日からは演劇学科のシアターでワークショップ。7時スタート。今日は、パーカッションをいっぱい持って来た。というのも、ぼくが宿泊中の部屋に、たまたまアフリカの太鼓がいっぱい置いてあって、ヒューの友人が偶々置きっぱなしにしているらしい。これを使わない手はないので、使うことに。会場でいきなり、太鼓をポコポコ叩いているうちに、即興が始まり、またまた1時間以上の即興が続いた。途中でボブの歯磨きの音とシェイカーだけになったり、ピアノを押して、動くピアノを演奏したり、色んな場面が出て来た。
この即興の好きな場面を取り出して、4グループに分かれて発展させた。昨日と同じアプローチ。こうやってできた4つのシーンと昨日の4つのシーンを合わせて、明日から続きを作っていこう。