野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

さあトーマス1日目


「さあトーマス」初日。

(広い会場、2つの部屋を使って行う公演なので、出演者も観客も全部を体験することができない。以下の日記を読んでも、この公演の内容は追体験できないと思いますが、ぼくの心の中は、ある程度体験できると思います。)

中川真さんの意図では、客は自由に点在して欲しいようだったが、最後列に2列で椅子席を設けたので、観客は座布団席まで含めて、ほぼきちんと整然と並ぶ。客を自由に点在させたいなら、ぼくだったら、あんなに奥にガムランを配置しない。もっと違った空間の使い方をする。まあ、この辺は、演出、美術の考えもあってのことだろう。そういう意味で、整然と観客が並んだのは、ある程度、予想される範囲内のことではある。

開演前から、みんながうろうろしていて、いつの間にか開演しているようにしたい、という中川真さんの意図に従い、開演前の会場をうろうろする。見知った顔にも、何人か会う。小暮さん(橘女子大教授)や、作曲家の三輪真弘さん、バンスリ奏者の中川博志さん、ココルームの面々、エイブルアートの太田さんや播磨さん、あおぞら音楽社の北島さん、キャロサンプの野田さんなど。会場で、立ち話をしているうちに、カッコいい人好きの弥生ちゃんにつかまったので、そのまま会場内で、かっこいい人を探すことにした。これで、いろんなお客さんと面と向かって話せて、いい感じ。

開演後は、出演者も頑張ってやっていて、各自が持ち味を発揮しながら進む。ただ、途中、客席と舞台の距離感を補った方がいいかな、と思い、舞台に出て、
「ここでトーマスにインタビューしてみたいと思います。」
と言って、ここまでのあらすじをトーマスに質問したところ、
「要するに、筋はありません。」
と真っ当に答えてくれた。ここで、少し客席との距離が縮まって、その後もパフォーマンスは続く。ぼくは、だいたい客席に入って、様子を伺う。やっぱり、ちょっと飛び出し具合が足りないような気がする。リプトンさん(愛ちゃん)を誘って、お客の中で踊ってみようとしたが、居心地が悪いのか、すぐに舞台に戻ってしまった。フラットな空間だが、客席と舞台は分断されている。

それでも、いい感じで進んでいるよう。客席で、数人の友人に、ここまで見て、どう?と質問すると、面白い、いい感じ、と答えが返ってきた。まあ、出だしとしては、いいようだ。ただ、舞台に釘付けにならず、客席と舞台を行き来しているのは、ぼくだけ。他のパフォーマーは、舞台に釘付けになっている。そうなると、お客さんも客席に釘付けになる。

トーマス役の中西くんは、すっかり質問コーナーが気に入ったみたいで、
「また、質問コーナーやってみようかな」
と、言う。出演者が、舞台袖に引っ込むわけでもなく、パフォーマンスを見ながら、次の相談をしているのは、なんというか、野球チームの選手が試合中にベンチで話しているような感じ。

リプトンさん(愛ちゃん)が、突然、リプトンハウスの中から合図を出し、演奏をストップさせた時、アクティングエリアには、佐久間新くん(ジャワ舞踊の舞踊家)が一人でいた。そのまま、佐久間くんのソロダンスのシーンになった。ぼくは、リプトンさんに耳打ちした。
「多分、佐久間くんは、愛ちゃんと一緒に踊りたいと思うよ。」
そして、そのままリプトンさんと佐久間くんのデュエットになった。このシーンが一番美しい場面だ。こんなシーンが偶然見れたのは、嬉しい。

そのうち、トーマスは、
「探しに行こう」
と意味不明の台詞を言った。
「何を?」
と言うと、
「そうだ。音、隣の部屋に音を探しに行こう」
と行って、隣の部屋に行った。すると、観客もぞろぞろ全員、隣の部屋に行ってしまった。隣の部屋に観客が移動するなんて、予想外だったので、驚いた。同時多発で、二部屋並行でパフォーマンスをしても、興味のある人が少しずつ移ったり、徐々にばらけていくだろう、と想定していた。ところが、トーマスの「音を探しに行こう」という台詞で、一気に場面は隣の部屋に移っていった。まるで、あらかじめ決めてあったかのようだった。

その後、隣の部屋で、各自演奏していたのだろうが、ぼくはほとんど加わらず、誰もいないはずの部屋に一人出てきた。すると、客席には、アーツアポリア代表の中西美穂さんが一人、ぽつんと座っていた。彼女とぽつぽつと話す。この「さあトーマス」というプロジェクトに対して、彼女もぼくも、少し距離をとったところから見ている。その立場が、そのまま今の状況になっている。そこに、マルガサリのメンバーの息子(小学生)がやってきた。彼も、この「さあトーマス」に関わりきれない存在だ。はぐれ者が3人集まったとき、少年が巨大なティーバッグに蹴り、それに笑顔で中西美穂さんも蹴りをする。宙吊りのティーバッグが落下。そこから、暴れまくる時間がやって来た。そこに、林加奈ちゃん、佐久間新くんも入室、ジャワ舞踊家のウイアンタリ(出演者ではないが)も、加わって、ぼくらは観客のいない部屋で大暴れを始めた。ぼくは、部屋中を全速力で走り回りながら、鍵盤ハーモニカを思いっきり吹きまくった。この様子は別室から、微かに見えたり聞えたりしたらしく、それは、すごく良かったらしい。

その後、こちらの別室は、小島剛くん(ミュージシャンでアーツアポリアスタッフ)がスネアドラムで加わり、さらにテンションを高めた。観客はほとんど誰もこちらの部屋には、来ないが。そこには、いつの間にか、リプトンさんもいる。ぼくが、
「よし、向こうの部屋に行こう」
と言って、向こうの部屋にこのまま演奏しながら、突入して、出たり入ったりしようと思ったが、この台詞に小島くんは冷めてしまったのか、スネアをやめてしまった。スネアがないと行進して乱入するのも、面白くないので、ぼくらも冷めてしまった。

その後、観客のいる部屋に行く。トーマスは、座り込んで、状況を見ている。ぼくは、トーマスに、
「やっぱり、最後はトーマスが決めないといけないんじゃない?」
と言った。すると、トーマスは、突然、立ち上がった。どんなパフォーマンスをしてくれるのだろう?すると
「皆さん、本日は誠にありがとうございました。」
と終演のあいさつを始めた。

この後、リプトンハウスは屋外に出て、このあともパフォーマンスが続くはずだったが、ここで、完全に終了気分になり、終了。感想はおおむね好評だが、まとまりすぎという意見もあった。どっちにしても、奇跡が起こることはなかった。展開がだれるところはあってもいいと思う。障害者の人の時間感覚を大切にしないと、発生する可能性を押し殺してしまうから。予定していたよりも、同時多発にならず、観客が常に一つの部屋で見ていた。その辺は演出の仕方もあると思う。たとえば、出演者が6つくらいのグループに分かれて、あるグループは観客とハンカチ落とし、別のグループはお客さんにマッサージするなど、全く別行動で6種類のことが同時進行するような状況は、ある程度、事前に準備しないと起こらないと思う。

さてさて、明日こそ、奇跡を起こしたい。