野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

誰といますか?初演

上野の文化会館に行って、御喜美江さんのゲネプロ「誰といますか?」を聴く。御喜さんは、本番前だからフォルテとか出さずに軽く弾く、と言って弾いてくれた。風のような演奏だった。3週間前に聴かせてもらった時とは、比べ物にならない演奏で、もうこれだけで大満足という感じ。音楽が見事に流れていった。でも、御喜さんは、不満足のようだった。こんな素敵な演奏に、全然満足できないと思っているところが凄い。普通は、自分はこの程度、って見切りをつけて、自分の限界を設定して、諦めるところを、この人には、諦めも限界もなくって、最後の最後まで、決死の覚悟で前進し続けるんだ、と思った。この人は本番どんな演奏をするんだろう?

そして、本番の演奏は、ゲネとは、全てが違った。ゲネが『のんびり・あっさり薄味の流れる演奏』だったとすると、本番は、『猛スピード・一つひとつにこってり味付け・スリリング・ド迫力演奏』だった。同じ人が、こんなに違う演奏を同じ日にするなんて!!ゲネも本番も、どちらの演奏も素晴らしいのだけど、あまりの違う演奏に、もうぼくは、何がなんだか分からなくなって、ドキドキして、もはや客観的には聴いていられなかった。心は完全に御喜美江と一緒にいた、演奏者と一体化してしまった。その後も、ずっとドキドキしてしまって、わけの分からない気分が続いた。初演ならではの緊張感というどころではない、とんでもない緊張感で演奏してくれた。作品が世に生まれる瞬間って、こんな緊張感を持ち得るんだ、という音だった。ビビビビっと感じた。すごい時間にいた。

他の編成の曲を全く作らなくてもいいから、御喜美江さんのために、アコーディオンの曲をもっともっと作っていこうと思った。