野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

肥後琵琶リサーチ#5

2月28日に琵琶を購入してから、まもなく2ヶ月。熊本に移住してから、もうすぐ3年。肥後琵琶について、色々学ぶ日々が続く。本日は肥後琵琶リサーチ5回目。南関町地域おこし協力隊で肥後琵琶奏者の岩下小太郎さん、最後の琵琶法師とも言われた山鹿良之さん(1901-1996)から9年間琵琶語りを習ったという後藤昭子さんと。

 

玉名市立歴史博物館に晴眼者の琵琶奏者永松大悦さんが使っておられた肥後琵琶と達筆に書き綴った譜本が展示されているとのことで、見に行く。譜本は、戦争で物資が不足する中で、徐々に紙質が悪くなっているとのこと。

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移動中の小太郎さんの車内のBGMは肥後琵琶の貴重な歴史的な記録音源が鳴り続ける。永松大悦さんの演奏を聴くと、琵琶は完全5度と4度の音程に調弦され、語りや歌の声と琵琶のピッチは、明確に連関しているのが聞き取れる。それが、単に合っているだけでなく、独特のグルーヴ感や揺らぎを持ちつつ、説得力がある。なるほど、山鹿さんの琵琶の調弦がユニークなのは、アート・リンゼイのギターの調弦が唯一無二であるのと同様。ロックギターの定型を知っている耳にアート・リンゼイの斬新さが魅力的であるように、肥後琵琶語りの定型を知った耳で聴くと、山鹿さんの特殊性の魅力が際立ってくる。山鹿さんの琵琶語りの魅力に迫るために、他の琵琶弾きの音源に耳馴染むことの必要性を痛感した。

 

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南関町まちの駅ゆたーっと、にて肥後琵琶定期演奏会。毎月1回開催していて、入場無料。南関の特産品(南関あげ、南関そうめん)の販売、廃校になった南関高校の美術工芸コースの卒業制作作品の展示も行われている。観客の高齢の方が多い。小太郎さんが導入に端唄を歌い、後藤さんが『道場寺』を語る。よく考えると、男性の芸として伝えられてきた肥後琵琶で、清姫の言葉を女性の声で語られるのは、希少な機会であることに気づく。最後に、小太郎さんが『狐葛の葉』を語る。狐の小別れのシーンは、当時子どもの出兵を経験した人に、リアリティがあるものとして受け取られていた、とのこと。肥後琵琶の様々なストーリーを、現代人がどのような文脈で真実味を持って聞けるかも、肥後琵琶を21世紀に着地させていくための課題の一つかもしれない。肥後琵琶が過去の遺産となるのか、21世紀の生きた芸能として続くのかの瀬戸際で、小太郎さんのような意欲的な方が存在することは本当に大きい。岡田利規さんがオペラ《夕鶴》を演出した際に、テキストは一切変えないにもかかわらず、ポスト資本主義、ポストトゥルース時代の演劇として描くことに成功していたことを、ふと思い出す。

 

山鹿さんの家があった場所(現在は更地)を経て、山鹿さんの位牌がある善光寺にお参りし、玉川流の始祖の堀教順さんの琵琶の形をしたお墓に墓参りをする。山鹿さんは堀さんの孫弟子にあたる。お花をお供えし、後藤さん、小太郎さんがそれぞれ琵琶語りをされる。ぼくも即興でご挨拶演奏をさせていただく。

 

片道2時間近い移動の帰り道も、ずっと琵琶の音源を聴きながら移動。後藤さんのお宅で夕ご飯もご馳走になり、肥後琵琶の世界を少しずつ教えていただく。インドネシアジョグジャカルタに住んだ時、カラウィタン(ジャワガムラン古典音楽)の奥深い世界を少しずつ体感していくプロセスを思い起こす。こうしたご縁に感謝。

 

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