野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

滋賀県立美術館のソフトテリトリー

今朝は、十和田市現代美術館の中川千恵子さんからインタビューを受ける。先日の美術館での問題行動トリオのパフォーマンスについてと、コロナで延期になる中に行なったリモートでのリサーチについて、色々話した。いい感じで話せた。

 

四股を1000回踏んだ後は、草津保健所に体温計を返しに行った。JR草津駅から徒歩20分くらいなので、結構遠い。しかし、この散歩道が楽しかった。草津は、南から京都へ向かう東海道と北から京都に向かう中山道が合流する宿場町で、途中にあった史跡草津宿本陣は、とても大きな江戸時代の宿の様子を見学することができてお薦め。保健所まで行かなければいけなかったおかげで、こんな体験ができて嬉しい。もっと時間があったら入りたくなるような良さげなカフェなどもたくさんあり、時間がある時にじっくり散策したい。

 

午後は、滋賀県立美術館へ。滋賀県立近代美術館が名前を変えて、6月末にリニューアルオープン。保坂健二朗さんがディレクター(館長)に就任。30年くらい前、大学生だった頃は、何度かここの美術館に来たけれども、長らく来ていない。バスを降りて森の中に足を踏み入れていくうちに、昔の記憶がおぼろげに蘇ってくる。ここの美術館でやった子ども向けのプログラムを、ボランティアで手伝いに行った。おそらく1993年。その当時の若手学芸員だった平田さんが、日本全国の美術館における教育プログラムをまとめたカタログみたいなのを見せてくれて、これからは美術館でも教育プログラムをやっていく時代が始まるんだ、的なことを興奮して語ってくれたことを思い出す。30年近く前。

 

企画展『Soft Territory かかわりのあわい』を見る。先月トークをした藤野裕美子さんの作品を見たいというのもあったし、リニューアル・オープンした美術館を見たいというのもあったし、滋賀の若手作家12名を集めた展覧会というのにも興味があって、足を運ぶ。展示室に入ると、最初に保坂ディレクターと企画した荒井保洋学芸員のテキストがあるが、その後は文章による説明は全くない。言葉なしでも、形や色彩や空間などで楽しめる作品ばかり。子ども向けの展覧会と思えないのに、予想以上に子どもがたくさん来場していたが、言葉を介さずに味わえるという意味では、子どもも大人も楽しめる展覧会だったように思う。作品名のキャプションもなく、タイトルが知りたい場合は、配布資料でチェックする。

 

藤野さんの作品は、先月トークした時に、スライドでは既に見ていたし、作品のコンセプトなども聞いていた。だから、実際に見ても驚きも衝撃もないと思って油断していたが、すごく良かった。実物は色彩も佇まいも全然違って、そこには複数の時代や複数の世界が不思議に重なり合っていて、平面に描かれているのに、浮遊しているようで、止まっているはずなのに動いているようだった。そこに描かれている物について、先月藤野さんから説明を聞いた時は、絵画が持つ背景の物語が面白かった。しかし、今はそれらは大切なプロセスではあるものの、作品が放つ説得力に比べれば、由来はどうでもよくなっていた。今日、ここにきてよかった。

 

藤野さん以外の作家の作品もどれも力作揃いだったが、以下に軽くコメント。武田梨沙のエントランスへの仕掛けが、やさしく出迎えてくれ、森の中から人工的な建築に入った違和感や緊張感が薄らいでいく。度會保浩のガラス板が光によって壁につくる影の模様が味わい深い。西川礼華は、土に埋めて変質した布(キャンバス)などを通して絵画に向き合う。藤永覚耶はいわゆる木版画ではないが、丸太にプリントし毛細管現象で反対側に滲むという独自の木版画木彫インスタレーション。河野愛は、同じモチーフの写真ばかりなのに、内側から光を放つ写真たちと、対角線上に、自らは発光しない写真たち。発光しない写真たちに中途半端に照明を当てて、ところどころ薄暗く明暗がある。希望の光なのか闇なのか両方なのか。薬師川千晴の絵画はアクションやダンスの痕跡のようであり、どことなくユーモラス。井上裕加里は、見るからに危険な遊具を設置したり、いじめを可視化するゲームを仕掛ける。危険か安全かは使い方次第だと理屈ではなく体感させてくれる。石黒健一のブランクーシの鳥とブラックバスを出会わせるのは、島袋道浩の《タコと鳩の出会い》や《フィッシュ&チップス》を連想させたが、作家の独自性をぼくが感じたのが人物相関図。松延総司は、他の作品と共存する「家具の美術」。小宮太郎のニュートンのリンゴと天体と引力の永久運動は、藤野裕美子の物語とは違った時間の層が重なり合う。井上唯がありったけの素材を目一杯使ってコールダーの彫刻が小さく見えるくらい空間を遊んで、風通しがいい。

 

藤野さんともお会いでき、いろいろなお話が聞けたのも特別な体験だった。常設展の作品を藤野さんと見たのも格別だった。閉館時刻に、蛍の光など流れない。まもなく閉館のアナウンスの後、子どもの声で「またきてね」と放送が入り、オリジナル楽曲が放送される。滋賀出身の作曲家世武裕子が書き下ろした新曲。寂しい別れではなく、高揚感のある閉館の音楽。また来よう。

 

 

夜は、中川賢一さんととしま未来財団の方々と打ち合わせ。いよいよ明後日から感染症対策をしてワークショップ開催。