野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

アナン・ナルコンは触発する

東京に千住という所がある。松尾芭蕉奥の細道の旅に出発した宿場町。

 

東京のような人口の多い大都市で、現代音楽や現代アートのイベントをやると、趣味の近い人が集いがちになる。現代音楽や現代アートとは全く違う異質な要素を入れて、風穴を開けたいと思って、8年前に「千住だじゃれ音楽祭」を始めた。

 

「だじゃれ」というだけで、敬遠されたりもしたが、逆に、だから参加してくれる人もいて、新たな出会いもあった。そして、4年目の2014年に、「千住の1010人」という壮大なだじゃれに取り組み、1010人で演奏するコンサートを実現させることができた。その時に、タイのアナン・ナルコン、インドネシアのメメット・チャイルル・スラマットが来てくれて、1010人のための新曲も書いてくれた。(記録動画はこちら)

 

https://www.youtube.com/watch?v=8tWu43Hc3Ng

 

アナンとは、2004年にタイで出会い、インドネシア(2005)、日本(2006)、イギリス(2007)、オーストリア(2007)、タイ(2007)、カンボジア(2007)、オーストリア(2009)、タイ(2013)、日本(2014)、日本(2014)、マレーシア(2015)、タイ(2015)、タイ(2016)、フィリピン(2017)、日本(2018)と世界のどこかで再会し続けてきた。

 

そのアナンと、来年「千住の1010人 in 2020年」を、一緒にやる。タイで最もアクティブな民族音楽学者で、映画音楽も作曲し、ラジオ番組もやり、映画の原案すら考え、インスタレーションもし、世界中を旅するアナンと話すと触発されることはいっぱいある。

 

例えば、タイで今やっている「壊れたヴァイオリン」プロジェクトは、楽器職人のところに持って行っても、修復不可能と言われて捨てられてしまうヴァイオリンを、修理せずに、そのまま演奏する。ノイズはノイズとして楽しんだり、弦がしっかり張れなければゆるく張るし、弦を張ることさえ無理ならば、楽器を叩いて演奏する。そうすると、捨てることなく、別の可能性、別の価値を見出せる。だから、壊れた楽器ばかりで、合奏しても面白い音楽ができる。人間だって、そうだ。壊れた人間はゴミ箱に捨てられなければいけないのか。そんなことはない。だから、犯罪を犯して刑務所に入っている子どもたちや、売春をしているストリートの少年少女たちを巻き込んで「壊れたヴァイオリン」プロジェクトが進行中だと言う。

 

アナンと音楽をすると、タイの様々な民族音楽、民謡、わらべうた、などを身近に体験することができる。タイ中部のパレードの音楽も、タイ北部のボディパーカッションも、子守唄も、タイのフォークダンスも、気がつくとみんなでやってみて楽しい。

 

また、「千住の1010人 in2020」は、ただ一箇所に集まるコンサートだけでなく、町の中をパレードし、展示があったり、乗り物があったり、いろいろな構想が湧き出てくる。音楽だけでなく、野球があったり、犬の散歩があったり、衣装があったり、ダンスがあったり、芝居があったりするかもしれない。音楽として囲い込まれているものの境界線を、もっと広げてみたい。音楽じゃないと思っているものも、音楽かもしれない。音楽と無縁と思っている人が、音楽に不可欠かもしれない。そして、1010人が色々な楽器を持ち寄って音楽するのは、決して容易いことではない。でも、不可能なことでもない。誰かを排除するとかすることなく、誰もが必要になる想像を超えるような音楽。美しいの概念を超越するような美しいかどうかも判断つかないような音楽をやってみたい。そうしたチャレンジを、アナンは付き合ってくれると思う。

 

そして、総合プロデューサーの熊倉純子さんが、こうした機会をつくってくれることにも、感謝だ。彼女自身が、ぼく自身が、心底ワクワクできるようなことにしたい。

 

そして、今日集った人々にも、大きく感謝だ。1010人に向けての新たな第一歩。30人ほどの人々との濃密な時間だったけれども、この30人が秋には101人になり、冬には202人になり、春には505人になり、本番では1010人になっていくのだろうけれども、そうした数の推移よりも、今日という今回の最初のキックオフの場に立ち会ってもらえたことに感謝。これから、徐々に始まっていく。徐々に全貌が見えてくる。でも、今の段階で見えたと思える構想を超越していきたい欲望がある。だから、これから皆さんのお知恵を総動員しながら、千住の1010人に向けて、取り組んでいきたい。

 

と思ったら、インドネシアのメメットからメッセージ。1010人に向けてのアイディアが送られてくる。彼も来年のことを楽しみにしているのだ。