野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

福岡市美術館に向けて、作文と練習

今週の土曜日に、福岡市美術館にてピアノコンサート「ノムラノピアノ×福岡市美術館」が開催されるので、今日からは、このコンサートに向けての準備が中心になる。

 

とりあえず、当日に配布する曲目解説を作成すべく、演奏する曲を一曲ずつ確認していった。特に、ピアノのための21の小品「福岡市美術館」の21曲の解説をしっかり書くために、10年前の記録映像も確認して作文。以下のような文章になった。改めて、この21曲の解説を書いて練習すると、それぞれの曲がまた違った表情を見せてくる。21の美術作品のキャラクターの違いを、ピアノで表現できたら、と思う。新曲、ピアノのための9つの小品「福岡市美術館第2集」の曲目解説を書いて、楽譜の校正作業をしながら、コンサートに向けてリハーサル。

 

ということで、曲目解説は以下の通り。

 

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ピアノのための21の小品「福岡市美術館」(2009)

 

2009年8月、福岡市美術館での「コレクション/コネクション」展会場で行なったワークショップは、美術と音楽の間にコネクションをつくるワークショップだった。美術作品を楽譜だと思って見て、楽器を自由に演奏する。楽器と言っても、おもちゃ、リコーダー、鈴、鍵盤ハーモニカ、フルートなど、いろんな楽器があり、ピアノ曲になりそうにない不思議な音楽がたくさん生まれた。その体験をピアノ曲として再構成しようと思って書いた21曲。どの曲も、もとの美術作品と、若干のコネクションがあるはずだ。

 

1 房州海岸

 

木、屋根、岩、海の4要素から成る。木は全音音階のスタッカート、山の稜線を描くような滑らかなメロディーが交互に訪れる。続いて、屋根は、屋根の勾配のように上昇する分散和音と瓦を点描するようなスタッカート。岩は、同じ和音が四分音符で17回繰り返される。最後の海は、手を擦ることで、表現される。

 

2 作品

 

この作品のダイナミックな躍動感を音楽にするとどうなるか。大胆な線の動きは、旋回するフレーズ、そして半音階で下降するするゲームオーバーのようなフレーズとなった。

 

3 ルーレットNo.1

 

怪しげな雰囲気のワルツ。右手のメロディーがF#であれば短調になるのだが、この音がナチュラルなので、独特な音階になって不思議な雰囲気が出ており、さらに左手の伴奏も、中心が不明で上下するので、長調短調を聞き慣れた耳だと、落ち着かない不協和な不安な響きになるが、菊畑の美術作品の雰囲気もそうした感覚を刺激されると思う。

 

4 正方形に捧ぐ“森の静寂”

 

正方形が入れ子状に存在する絵画を表現するために、4音が均等に並んで、上行したり下行したりして、構成。ド、ド#、レ、レ#の4音、次に、ミ、ファ、ファ#、ソの4音、次にソ#、ラ、ラ#、シの4音が、規則的な順番で順に静かに演奏される。

 

5 泰西風俗図屏風

 

桃山時代に描かれた洋風の屏風をピアノ作品にする上で、変イ長調という西洋音階で、7+5の日本特有の詩のリズムに基づくシンプルなメロディーを奏でる。左手の単純な分散和音は、決して解決することなく、反復をつづける。CD「ノムラノピアノ」にも収録。

 

6 死んだ花の思い出のために

 

色を一つずつ絵画の中から取り出して、それを違った響きの和音で奏でる。また違った色を違った響きで奏でる。絵画を色ごとに眺めて、色ごとに奏でていくと、絵が違った語りかけをしてくる。

 

7 偶然の墓碑

 

幾何学的で、規則的で、単純な音の並び。ピアノのペダルを踏みっぱなしにして、これらの音の重なり合いを聴く。ちなみに、作者の荒川修作さんは、野村の出身高校(愛知県立旭丘高校)の大先輩でもある。

 

 

8 絵物語 Ms. And Mr. Rainbow

 

全部で27本の縞模様になっているので、ピアノの88ある鍵盤のうち27の鍵盤を使っている。曲線を解釈して生まれたフレーズがテーマとなり、何度も変形されながら繰り返され、その途中に、ハート(ラブ、ラブ)を表現する2音の反復やUFOを表現するトリルが挿入される。

 

9 仰臥裸婦

 

白が印象的な絵画である。ピアノには白い鍵盤と黒い鍵盤があるが、この曲は白鍵だけを使って作曲。和音の響きも、あまり色々変えずに、統一感のある色彩でシンプルに。ワークショップの参加者が即興で奏でたフレーズの断片をちりばめる。CD「ノムラノピアノ」に収録。

 

10  死と復活I (自殺者)

 

ワークショップ参加者の子どもが数ある展示作品の中からこの作品を選んだことにも驚いたが、さらに驚いたのは、ウクレレの怪しげな和音にのせて、リコーダーが牧歌的なメロディーを奏でる異様さだった。牧歌的なメロディーと不気味な不協和音を共存させる不気味さは、平穏と不穏が同居する現実世界を連想させてくれた。

 

11   ゴシック聖堂でオルガンを聞いている踊り子

 

福岡市美術館の代表的なコレクションでもあるこの作品が、曲集に入るかどうかは、ワークショップの参加者が選んでくれるかどうかにかかっていた。二人の少女は、展示室の数ある作品の中から、どの作品を音楽にするべきかを議論し続けた末に、この作品を選んだ。そして、本当に愛らしく美しいメロディーを奏でた。

 

12  福岡市展望

 

ピアノの一番高い音が出てくる。その理由は、絵の中に高い木があるからだ。最初の4小節が、「高い木」と「キャベツ畑」で、次の2小節が「海」と「都会」で、次の2小節が「村」と「学校」。最後の8小節が「山」と「空」と、画面を4エリアに分解して表現している。

 

13  ただよへるもの

 

非常にシンプルで抽象度の高い詩的な画面。これをワークショップ参加者が、「とってはいけませんよ/ダイアモンド/リング/三角形/複雑な模様/とってはいけませんよ」という言葉に表現した。これを、30秒弱の短い音の断片で表現する音の詩。

 

14  茨の径

 

6小節から成るメロディーは、ワークショップ参加者が「大きな木/木の葉っぱ/小さな木/家/茂み」を表現したもの。この絵の独特な輪郭を表すために、メロディーに対して、常にドミソ的な三和音を付けて伴奏しており、結果として複調になっている。途中からは、演奏者がアドリブで自分自身の「茨の径」をつくる。

 

15  皮膜2004-蜜色の奥底に

 

10枚の絵画が並ぶ作品で、ピアノの88の鍵盤を10のエリアに分けてあり、それぞれのエリアで、指定された演奏をする。10のエリアは、どの順番に演奏してもよく、演奏者の自由度の高い作品。エリアごとに、ピアノの音は実はかなり違う。その違いを、味わう曲。

 

16  騎手

 

彫刻作品は、四方から鑑賞することができる。鑑賞者の空間性を表現すべく、ピアノを弾きながら、様々な方向に移動しているつもりで音を出そう。騎手が動き、様々な表情を見せてくれるために。

 

17  獺図

 

ピアノの高い音も低い音も登場せずに、中音域で延々と連打が続く曲。ただし、和音が連想ゲームのように少しずつ変化していき、微妙に色彩が変わっていく。人間の時間ではなく、カワウソの時間。

 

18  春日社寺曼荼羅

 

ワークショップ参加者は、この曼荼羅図を下から読んだ。開始の鈴が6回鳴らされた後は、森→鹿→海→お経、と続き、最後に終わりの鈴が鳴らされる。画面で下から上に進むに従って、ピアノでは、右から左に、つまり高音から低音に向かって演奏が進み、お経が一番低い音になる。ピアノという曼荼羅を高音から低音に移動する旅。最初と最後の鈴での清めが重要。

 

19  紅い羽状

 

この曲集の後半は古美術が続くが、前後の古美術の中で異彩を放つ現代美術作品。紅い色彩も異国感を感じ、気がつくとインドネシアのペロッグ音階の響きの曲になっていた。同じ鍵盤が何度も何度も連打されるのは、一枚一枚の羽を表している。羽根の表情によって、少し長かったり短かったり、アクセントがあったりと、微妙に表情が違う。

 

20  百鳥図

 

物語のある短い音楽。孔雀→木→鶴→鳥の鳴き声→鳥の足音→竹、という構成になっている。まず、二羽の孔雀が、右手と左手で対話する。続いて、木を眺めて後、鶴が思い切り鳴く。すると、それにつられて、小鳥たちが高い声で鳴く。すると、鳥が次々に地面を響かせながら歩き出す。そこに竹が立っている。

 

21  日光菩薩立像

 

曲集のフィナーレになる陽気で踊りだしたくなるような曲。ピアニストが手拍子する時に、観客も一緒に手拍子すると楽しみが倍増する。仏教美術がこのような楽しい音楽になったことが意外だったが、包容力のある仏像の表情を見ていると、だんだん、これでいいのだ、と思えてきた。

 

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ピアノのための9つの小品「福岡市美術館第2集」(2019)

 

10年ぶりの福岡市美術館。今回はワークショップを経ずに、それぞれの美術作品をテーマに作曲した。

 

1  ポルト・リガトの聖母

 

いきなりダリの大作を前に、どう作曲するべきか途方に暮れた。曲集をつくると言いながら、この作品のための音楽をつくるのに全精力を注がねばと思わされたが、それでは曲集にならないので、この曲は聖母の祈りに焦点を定めて作曲した。12音の音列を作り、ストラヴィンスキーが晩年に行なっていた6音音列の配置換えを参照しつつ、この絵の印象から自由に作曲した祈りの音楽。

 

2   溶鉱炉

 

迫力満点の絵画のエネルギー、そして、その一部分を見ているうちに、この低音での激しい13拍子の音の粒子が飛び出してきた。ピアノの低い音ばかり(へ音記号のみ)で演奏する重量感たっぷりの音楽。

 

3  直方体

 

四角ではあるが、不均等で、色合いも均質ではない。筆つかい、傷のような白い線。遠目に見れば、ただの青い四角なのだが。右手4音、左手4音で、同じような和音を何度もピアノで響かせる。どれも微妙に違う。そして、響きを消しても残る音もある。それらの音に耳を傾ける。

 

4  Nessi Has Company II

 

蝶々の要請が卵から孵化したような本当に不思議な絵画と壁紙のような背景。作曲にあたっては、羽根の中にある丸を音符だとみなしたら、不思議な音楽が浮かび上がってきた。

 

5  言葉は海へ

 

竹や木や紙などでできた立体作品だが、それを写真にとったものの上から、五線を引いてみた。交わった点などから得られた音形を繰り返し、その上に少し即興的に音をふりかけた。無限におりていくような曲線にのって、海を目指す音楽。

 

6  ラヴ・トレイン

 

つぶれた空き缶や写真のインスタレーションをおさめた写真の上から、五線を引いてみた。そして、空き缶の丸を音符と見立ててみる。そこで浮かびあがってきたフレーズを、「ラヴ・トレイン」というタイトルだと思って弾いてみる。すると、だんだん音楽は列車になり、ロックになり、空き缶と写真が歌い出す。

 

7  帆船

 

瀬戸内海の帆船の木版画。版画は紙に対称にうつるが、画面上では帆船が海に、対称に映っている。では、右手の五線の楽譜が、左手の五線の楽譜と、上下線対称になっている楽譜を書いてみよう。演奏すると、右手と左手が左右対称になる。ピアノという静かな海の上をゆらめく音楽。

 

8  たった一つの実在を求めて

 

この作品の中には、数字のパターンが書かれていることに気づく。00 89 56 34 12 00 89 56 34 12 ‥ 数字が続いているが、よく見ると、7だけ出てこない。と思って探すと、たった1箇所だけ7が登場する。タイトルの「たった一つの実在を求めて」を、この7が物語っていると思った。だから、この数字の列を音楽にしてみようと思った。

 

9  犬図

 

この9曲の曲集は、ダリの非常に濃密な絵画で始まり、仙厓さんの余白の多い絵画で終わる。この曲は、曲集の中で最も音数の少ないシンプルな音楽になっている。この絵の中に見つけた8つのアルファベットC D D F F C E Aでつくったシンプルなメロディーによる、のんびりしたフィナーレ。