野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

多分、時代の大きな転換点となるコンサート

立春。今日は、いよいよ「千住だじゃれ音楽祭 第2回定期演奏会」。第1回を開催したのが2013年3月なので、5年ぶり。5年前には、野村誠作曲作品として、ヴァイオリンとポータブル打楽器のための「ポーコン」、アコーディオンとピアノのための「ウマとの音楽」、新曲で、ヴァイオリンと映像のための「だじゃれは言いません」、アコーディオン独奏のための「お酢と納豆」、三味線とトイピアノと語りによる「千住万歳」と、野村誠作曲作品のオンパレードで、そこに、「ケロリン唱」、「ドミノだおし」、「笛るマータ」などのだじゃれ音楽、「集まれ!風呂フェッショナル」などのだじゃれソング、宮田篤の漫画、梅津和時の「まちまちマーチ、待ちくたびれて」などがある3時間の大イベントだった。そして、イベントの最後に、「だじゃれ音楽の種蒔きを」と言った。「寿式三番叟」の鈴は、だじゃれ音楽の種蒔きのシンボルでもあった。

あの時に蒔かれた種を、この5年間育ててきた。第1回の定期演奏会が種蒔きであるならば、第2回は、収穫になる。この5年で育まれて、何が実ったかを確認する作業でもある。

出演者は小学生から80代まで40名にものぼった。ウクレレ、ギター、マンドリンコントラバス、チェロ、ハーモニカ、10人近い鍵盤ハーモニカ、ドラムやパーカッション群、トロンボーン、ホルン、ティンバッソといった金管に、フルート、クラリネット、サックス、笛といった木管群。ここに、ゲストで、神谷未穂さん(ヴァイオリン)、梅津和時さん(サックス/クラリネット)、竹澤悦子さん(箏、三味線)、川村亘平斎さん(影絵)、中原雅彦さん(テノール)が加わり、野村がピアノ、鍵ハモで登場。

溝入敬三作曲の三味線オペラ「猫に小判」を、竹澤悦子さんの三味線弾き語り+野村の鍵ハモで上演。竹澤さんは、三味線の語り物の新境地を開拓されている。古典の延長線上で、前衛や現代音楽の実験を通過した先で、新たな地平を切り開いている真にユニークな現代の音楽家である。彼女の箏と共演した機会は数多くあったが、三味線弾き語りと共演したのは、貴重な機会で、大変大きなインスピレーションを得る音楽的な交換の場になった。お客さんが、笑いながら、彼女の歌声に聞き入っていたのは、本当に印象的。

野村誠作曲のヴァイオリンと映像のための「だじゃれは言いません」は、5年ぶりの再演。演奏の神谷未穂さんは、仙台フィルコンサートマスターで、彼女のヴァイオリンは、本当に美しく雄弁で、空間の中に音が立ち上がるのが見えるかのようだ。映像の言葉のニュアンスに合わせて、一音一音のボーイング、イントネーションを、工夫し、話者と同調しながら彼女自身の音世界を表現する演奏は、聴くものの耳を瞬時につかまえる。5年ぶりの再演を、彼女にしていただけたことを、光栄に思う。また、この作品を、映像なしで、独奏曲としても発表してもいい、という気がしてきた。

そして、川村亘平斎さんとの「かげきな影絵オペラ」。冒頭で、この才能溢れる影絵アーティストと野村の鍵ハモのシーンをやらせていただくことになった。ソロで演奏できる豪華なゲスト陣がいる中、野村が鍵ハモで導入をさせていただく役を担ったのは、打ち合わせの時間の短縮化のためであるのだが、このセッションの役をさせていただけて、個人的には川村さんとのシーンができて、嬉しく、楽しませていただいた。

その後は、だじゃれ音楽研究会のメンバーが、梅津さん、竹澤さん、という即興の名手と、共演。5年前の種蒔き時には素人だった人々が、プロのような演奏をしていて、5年間での成長を感じる。と同時に、梅津さんは、ここで、素人がここまでプロっぽく出来上がってきたら、また、それを壊さなければいけない、と感じたそうだ。収穫したら、次なる種蒔きがやってくる。
川村さんは、そうしたところも察知していたのだろう。できるだけ慣れていないメンバー。メンバーの中でも、新顔だったり、舞台慣れしていない人にインタビューしたいと言う。そこで、最初には、藝大のコントラバス科の1年生がインタビューに呼ばれたし、途中ではトロンボーンを吹く10歳の少年が呼ばれた。だじゃれ音楽の歴史が、また、色々な方向に広がっていく可能性を感じる時間にもなった。

今回、ゲストに神谷未穂さんをお呼びした理由も、そうかもしれない。梅津さん、竹澤さんは、既に野村との現場を何度も経験している。神谷さんは、野村の現場をほとんど知らない。そうした熟練したチームワークを大切にすると同時に、熟練が固まらないように、新しい風をプロジェクトに入れていくこと。

過去5年間に作られた「だじゃれソング」が、合間に、中原さんの美声で歌い上げられる。特に、小学生とのワークショップでつくった「ごちそうワクワク」のだじゃれが、美声で歌われるのは、最高に面白かった。

休憩後の「為せば鳴る、為さねば鳴らぬ、どうにでも鳴る」は、みんなが主役のコーナー。各パートごとの共同作曲から成り、ほぼ皆さんにお任せ。こんな風にお任せで、無茶ぶりで、ということは、5年前には出来なかったこと。今回は、任せてみた。
任せたと言えば、司会も任せた。大学1年生と、大学院修士1年生の二人。場慣れしていない二人には、荷が大きかったことだろう。もっと、司会の経験があるメンバーも何人もいた。でも、司会を二人に任せたのは、川村くんがインタビューを新顔にしていったことと通じている。新しい風を入れていくこと。新しいメンバーに、いろいろな経験をさせていくこと。収穫と同時に、種蒔きは始まっていた。

そして、野村の1995年作曲の「でしでしでし」の日本での23年ぶりの再演。千住だじゃれ音楽祭では、野村の初期作品を取り上げてきた。過去に、1996年の「踊れ!ベートーヴェン」、1998年の「ごんべえさん」をやった。初演時60名で演奏した「でしでしでし」は、吹奏楽団とロックバンドと2台ピアノを要した大作。再演の機会はなかなかなかった。
神谷さんのヴァイオリンが、このリズミックな変拍子の曲に見事な立ち上がりで入ってくる。美しいイントロを終えて、40名の変拍子リズムユニゾンでのトーンクラスター。梅津さんのサックスでのソロ、一音入魂で、かっこいい、という言葉で片付けられないくらい背筋が伸びる力のこもった音だった。逆に言うと、梅津さんに本気でソロ吹いてもらえるくらいに、バックも頑張ったということだ。そして、観客、出演者を含む参加した全ての人に、この梅津さんの音を浴びてもらったこと、これは大きな財産である。これも、きっと未来に花開く種蒔きになっていることだろう。

激しい変拍子ロックシーンが終わり、ピアノの2+3+4+3の12拍子の高速オスティナートが続く美しいシーンが始まり、そこに箏とヴァイオリンが交互する。箏の方は、調弦を指定してしまったために、限定された弦での表現になった上にアドリブをお願いするという難題を出してしまい、竹澤さんには、結構な負荷をかけてしまったのだが、その中で、さすがに色々繰り出してこられる。ヴァイオリンの方は、唯一、ぼくがパート譜を書いたので、アドリブなしなのだが、音が生きているので、アドリブで弾いているかのようなイキイキさがある。

23年前の最後の演奏で、まだ終わりたくない、と思いながら、最後の終わりの合図を出した時の気分が心に蘇りながらの最後の合図を経て、23年ぶりの日本再演が幕を閉じる。

最後に、梅津さんの新曲「ああいいね、クラいいね、那覇とムジーク」。本物のコンサートマスターでもある神谷さんとのモーツァルトアイネクライネナハトムジーク」を演奏するチームと、梅津さんのクラリネットの沖縄チームのコントラスト。ああ、楽しいアンサンブルと、二人の達人の対話についていくバックバンド。そして、竹澤さんの三味線での安里やユンタの後に、サプライズの誕生日ケーキ(多田さん、本当にありがとう)。突然の予定外の「ハッピーバースデイ」の間奏曲、竹澤悦子の涙と、もらい泣きの梅津さん、それらが一瞬の夢のように挿入されて後、曲は元に戻り、モーツァルトが沖縄に飲み込まれながら会場全体に拡散していった。川村さんの影絵とともに。こうして、日曜日のお昼の2時間半の夢のような公演は終わった。

達成した満足感、達成感という感覚というよりは、圧倒的に、まだまだ途中である、という感覚が強い。燃え尽きたり、飽きたり、とか全然ない。「だじゃれ音楽祭」は、まだまだ、これからだ。いろいろ反省点もある。お客さんに対して、不親切な点もいろいろあったかもしれない。今後の課題も、いろいろ見えた。それにしても、この少ないリハーサルの中で、見事な本番を届けてくれた全出演者に、まずは大きな拍手を送りたい。40人以上の人々が集う打ち上げは、それ自体があり得ない光景のようだった。そこから、「だじゃれ音楽」が硬直していかないためにも、「だじゃれ音楽」を開いていくためにも、次年度からの展開を予測させるかのようなワクワク感もあった。だじゃれ音楽が、新しい時代に突入する、そうした時代の代わり目としての大きな句読点が、今日のコンサートだったと確信できた。こんな時間をご一緒できて、皆さん、本当にありがとう。

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