野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

6歳の伝統芸能人が初めての即興に出会った時

 ギギー君の新作ピアノ曲「Kampung Halaman(Homeland)」を作曲者自身に聞いてもらい、作曲者の意図などを聞きました。ぼくがピアノで自分以外の作曲家の新作を世界初演をするのは、2007年にしばてつ作曲「ノイケルン」を世界初演して以来、4年ぶりのような気がします。それにしても、この曲は美しくて良い曲です。いつか日本初演もしたいものです。
 ぼくのピアノソロ作品も一曲弾こうと思っていたので、ギギー君に相談し、色々聞いてもらったところ、「Away From Home With Eggs」を弾くことになりました。偶々なのですが、ギギー君の作品が「Homeland」で、ぼくの作品が「Away From Home With Eggs」で、両方ともHomeが入っています。「故郷そのもの」と「故郷から離れている」という2曲は、2極になり得ます。コンサートのタイトルであり、鍵ハモデュオの「Pak Darma Bertemu Kawan Lama」(ダルモさん旧友に会う)も、ダルモさんが故郷で旧友と会ったかのような気がしてきました。意図をしない物語が、生まれてきました。不思議です。
 さて、ピアノの練習の最後に、ギギー君が、「今、kereta api(電車)というピアノ曲を作っているんです。まだ、譜面に書いていないけど、こんな感じ。」と言って、ピアノで即興で弾いてくれました。まだ、譜面に書かれていない曲は、完成前でどういう作品になろうとしているのか、まだ全貌はつかめなかったのですが、そんなことよりも、ギギー君が、ピアノを本当に楽しんで弾いている姿が、なんとも印象的だったのです。
 それから、妻と合流し、ギギー君にエブン君の家に連れて行ってもらいました。エブン君は6歳の男の子ですが、ダラン(ジャワの伝統芸能の影絵の人形遣)です。ギギー君の強い推薦で、6月2日のコンサートの最後の即興コラボレーションに出演することになっています。コンサートで6歳の男の子と共演、しかも、伝統芸能の職人的な男の子と共演とは、なかなかない機会です。お父さんがクンダン(太鼓)、兄のエルド君(10歳)がグンデルをやって、3人で演じてくれました。始まったら、一気に30分くらい演目をやり続けてくれました。いやぁ、6歳の子どもとなめてはいけません。人形の扱いも、足や手で鳴らす鳴りものも、さらには、声での語りも、見事に伝統を継承した立派なものだったのです。
 で、その後、コンサートを想定して、即興でセッションをしようとしました。エブン君は1歳半からラジオなどでワヤンを聞いて楽しみ、3歳からダランをやり始めたという伝統どっぷりの人でして、コンテンポラリーの経験は初。当然ながら、当惑して、どうしていいのか分からないといった様子でした。で、ギギー君も当惑して、「どうしよう?いいアイディアある?」と聞いてきます。では、まずは仲良くなりましょう、と提案し、色々、お喋りしたり、お菓子を一緒に食べたりして、そんな中から、自然に楽器のセッションが始まりました。始まってみると、お兄さんのエルド君のクンダンがめちゃくちゃ巧いし、リズム感抜群だし、近所のおじさんもコップをカチカチ鳴らし始めるし、気がつくと、エブン君も太鼓を笑顔で叩いて、大満足です。延々と続いたセッションで、みんなが色んな楽器を体験し、最後にはエブン君も即興でダランをしました。また、明後日、ここに遊びに来て、もっともっと友達になれそうです。伝統の世界にどっぷりつかっている子ども達や、和気あいあいとした空気を楽しめたのは、得難い体験です。と同時に、そこに我々のような異文化が入り込んで、戸惑いから始まりながら、お互いに少しずつ理解し合い、最後には、みんなが満足げな笑顔で帰れた。そんな即興ができたこと、それを6歳や10歳で体験している子ども達、その空気を共有できたこと。この夜は、興奮して深夜3時頃まで、妻と語り合ってしまいました。