野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

老人ホームさくら苑での新展開

今日は、さくら苑での共同作曲の日。1999年からスタートして延々と続いているプロジェクト(その経緯については、野村誠+大沢久子著「老人ホームに音楽がひびく」(晶文社)をご覧ください)

老人ホームに音楽がひびく?作曲家になったお年寄り

老人ホームに音楽がひびく?作曲家になったお年寄り

で、今日は、9年間で初めて、遠足に出かけて、ゲリラパフォーマンスをしようという日でした。お年寄りの一人、樋上さんが、ぜひやりたい、とおっしゃったので、桜井苑長にかけ合って実現。

というはずだったのに、天候が悪いので、延期に。
ということで、さくら苑での活動に。

ゲリラパフォーマンスの意図は、やはり老人ホーム意外にいる人々に向けて、自分たちの表現を届けたい、ということだと思います。表現者には観客が必要なのです。

遠足が中止になったので、テンションが下がりますが、今日は、1年ぶりに豊島忍さんが来ました。豊島さんは、白井剛くんや森下真樹さんが所属していた千葉大のダンス部の部長をしていた人で、ダンスを踊るのが大好きですが、彼女自身がダンスを踊るのが1年ぶりくらいに久しぶりだったそうなので、まずは準備運動をすることに。ストレッチは気持ちいいです。腕をあげるだけでも気持ちいい。せっかくなのでカスタネットを手に持ったカスタネット体操をしてみることに。

それから、京都から参加の林加奈さんが、ビデオカメラを持って来ていたので、お年寄りの演奏を映像に残して見てみようと思いました。でも、みんなで合奏とかしていても、映像だと面白さが分かりにくいし、一人ずつソロをやってもらうことに。ぼくのわがままで、「ぼくの希望を言ってもいいですか?ピアノ弾いていただいてもいいでしょうか?ピアノだったら、触れば音が出るんで、ぜひ、皆さん一人ひとりがピアノを弾くのをビデオに撮りたいんです」
とお願いしました。

まず、さくら苑のキムタクを自称する樋上さんのピアノ。豊島さん曰く「ジャズピアノ風で、明らかにこういう映像をとられたいというイメージを持って弾いている」とのことです。ぼくも共演させてもらったのですが、やはりお年寄りの場合は、体力的に微弱な音を出しやすいのが特色で、本当に鍵盤に触って、音が微かに鳴ったり、鳴らなかったりするのです。ピアノの鍵盤を弾いて、30%の確率で音が出る感じ。これは難しい。樋上さん曰く「ジャズピアニストじゃなくて、ギャグピアニスト。ベートーヴェンじゃなくて、弁当ヴェン」

それから、中武さんのピアノ。これが、順番に鍵盤を押していくのですが、不思議な指の使い方と、指の潜り方で、指の腹で弾いたり、手がひっくり返ったり。そして、音は本当に微かなのです。ぼくとのデュオをやった後、ぼくではなく音楽の専門じゃない人が共演した方がいいのでは、と思い、豊島さんと中武さんで共演。すると、途中から、豊島さんのピアノに触発されて、中武さんはピアノをやめて、歌を歌い始めました。それは、多分、賛美歌や唱歌なのだと思いますが、豊島さんのピアノは、もちろん、その歌とも全く違ったテイストで流れています。この二つが相互作用をして、どんどんエネルギーが高まっていく。気がつくと、吉野さつきさんが、涙を流していました。それだけの何かがある演奏でした。

この演奏に触発されて、やる気満々になったのが長谷部さん。メンバーの中で唯一ピアノの素養がある長谷部さんだけが、敢えてピアノを選ばず、大正琴でソロをやることにしました。彼女がそう思った理由も、何となく想像できなくもありません。大正琴の鍵盤を指で弾くだけでは、十分な音が出ないので、弦を同時に弾かなければいけません。通常の奏法では、右手で弦を弾き、左手で鍵盤をおさえます。でも、長谷部さんは、右手で鍵盤をおさえるだけなので、吉野さんがアシスタントとして、弦を弾きます。でも、アシスタントは、長谷部さんの弾く曲を知らないし、いつ鍵盤を押すか、そのタイミングは、かなり不確定なので、予想がつかず、まるでモグラ叩きのゲームをしているような演奏で、見ていて面白い。でも、本人たちは本当に真剣な表情で集中してやっている。これが、ますます面白いのです。

そして、これを大画面のテレビモニターで再生して見てみた。お年寄りは、視力が弱い人が多いのか、老人ホームのテレビは本当に大画面です。大画面で見ていて、皆さん、本当に笑ったり、喜んだり、恥ずかしがったり。ぼくらの世代とは違って、現在80代や90代の方々にとって、ビデオに自分の姿が映ること自体、かなり珍しい経験なのですね。

で、樋上さんが、これを「みうち」に見せたら、喜ぶだろう、って言ったのですが、ぼくは、この「みうち」が聞き取れず、「ゆうち」と聞こえた。もっと言うと「ゆうちゅう」と聞こえた。そして、その時のぼくには、「ゆうちゅう」=「YouTube」って聞こえたのです。で、耳を疑った。え?「YouTubeで見せたら、喜ぶだろう」?確かに、面白いかも、って思った。

だって、お年寄りたちは、老人ホームで表現をしても、観客が不在で、だから、今日は、苑長にお願いしてまで、「遠足」に行って、ゲリラパフォーマンスやってみたい、って言ってたわけです。でも、体力面を考えて、天候も悪いし、延期になったわけです。でも、映像を作れば、自分たちの表現を発信することができる。これは、いいかも、と思いました。

あと、老人ホームって、ずっとテレビ見ているお年寄り多いんですよね。ロビーでずっとテレビが流れていて、その前に車いすのお年寄りがいっぱい座っている光景。あのテレビのテレビ番組の代わりに、さくら苑のお年寄りたちの映像がヘビーローテーションで流されているモニターが一台あったら、面白いんじゃないかなぁ、って思ったのです。

映像を撮ってくれるアーティストを探して、やってみたいな、という気持ちが出てきました。企画書を書いて、来年度あたりに、助成金なども探して、プロジェクトとして始動させるべきかも、って思い始めました。

来年はいよいよさくら苑に通い始めて10周年です。やりたいことが、なんだか沸き上がって来ています。