野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

歌の住む家、大授業参観

という公演に行って来ました。
徳久ウイリアムが総合ディレクターで、スタッフに取手アートプロジェクトのスタッフをしていた長津くんもいたり、同じく取手に参加していたアーティストの宮田篤くんがビデオ撮影スタッフをしていたり、どこかACDの同窓会のような気分でいたら、冒頭に校長先生の挨拶があって、これが、懐かしの取手民俗博物館の館長挨拶を思い出したり、最後に円になって踊るのがマルトノ音頭を想起させたりして、もちろん、これは全く別の文脈で決まったことなのだろうけど、なんだか、ACDのことを思い出しながら、みました。

で、今日のポイントは、

1 突っ込みどころが多かったこと とにかく、隙がいっぱいあって、つっこみたくなるポイントはいたるところにあって、最初の集団登校から、ずっとつっこんでました。(路上演奏跡地、って、そんな日本語あるか!、とか)。
そういう意味で、主催者が意図せぬ観客参加型になっていて、面白い。

2 チャイムは偉大な装置 とにかく、チャイムがあることで、すべてのパフォーマンスを強制終了させることができるので、即興演奏などで、終わり方をどうしようか、と苦しむ心配が一切ない。そういう意味では、チャイムという安全装置があれば、もっと、はちゃめちゃ、予想不能なパフォーマンスをふんだんに入れることもできたのかも、とも思った。ま、とにかく、チャイムがあることで、お客さんは安心して見られる。

3 歌について考えた 歌の住む家ということで、すべてが歌でした。声によるノイズも、民謡も、音楽映画と呼ばれる映像で見えた物を発語していくのも。ぼくも、歌については、特にホエールトーン・オペラで様々な歌を追求していて、自分にとっても重要なテーマなので、いろいろ考えました。

ACDパーティーとは、また全然違った仕上がりのものですが、公演を見る限り、この公演にいたるまでに、「あーだ、こーだ、けーだ」と議論を交わしながら、色んなことを試行錯誤した上で、今日の公演があったのだろうな、と感じられ、この公演は、そういう意味でACDパーティーをプロジェクトの集大成ではなく、オープニングパーティーと位置づけたことに近い状況のように、思えました。色んな可能性を始めるために、授業参観をした。しかも、普通、授業参観というのは、子どもの様子を見学に来るだけですが、今回の授業参観は、これから仲間に加わりませんか、というメンバー募集のようなイベントだったように思います。

そして、5月9日には、歌の住む家の公演打ち上げイベントとして、ライブをするそうです。打ち上げすらライブハウスでのライブとしてやっていくので、これから交わっていきたい人が、どんどん交わっていったら、いいと思いました。

おつかれさまでした。またまた、続けてください。