野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

めくるめく紙芝居

ということで、京都に着いて、山科のお寺にエイブルアート・オンステージの今年度4つ目の公演「めくるめく紙芝居」を見に来ました。京都橘大学の学生が、駅近くの曲がり角のところに道案内としてちらしを持って立っていてくれるだけで、ぼくはちょっと嬉しくなりました。さらに、お寺の前の通りには橘大学教授の小暮さんが首から拍子木を提げて出迎えてくれていました。さらに、お寺の本堂に入っていこうとすると、出演者がいらっしゃいだか、パンフレットどうぞ〜と元気よく迎えてくれました。

今回、応募があった時に、「めくるめく紙芝居」では、障害のある人たちがアートマネジメントに関わるワークショップを実施し、いわばエイブルアート・マネジメントの追求のようなことをする、という野望が掲げてありました。そして、今日の公演では、知的障害のあるメンバーが受付でパンフレットと靴袋を渡してくれたのですが、ただパンフレットを受け取るのが、こんなに愉快な気分になる受付は、なかなかないなぁ、と思いました。今日の受付は、大変良かったので、客席に着く前の段階で、見る側のエネルギーが一段高められて、非常に公演が見やすくなりました。つまり、舞台にとって、受付のあり方が公演の成功に大きく影響することを、はっきり自覚させられました。

受付のあり方は、観客に影響します。その結果、開演前の観客席の雰囲気が形づくられます。この客席の雰囲気を舞台上の演者はダイレクトに感じるので、開演前の客席の雰囲気がいいと、演者はお客さんからパワーをもらい実力以上のものを出せたりして、上演のクオリティがあがるわけです。だから、道案内に立っていたり、受付にいたりする人が、実はすごく舞台に大きな影響を与えるのです。それが、本当に心地よかった。アートマネジメントといいますが、受付のあり方が舞台上のアートをマネジしてます、確かに。

美術家の井上信太くんが、学生時代から20年近く封印してきた色を解禁して、舞台美術をやるということは、話では聞いていました。受付でパンフをもらって、本堂に足を踏み入れ、満席の中、座る場所を探しながら辺りを見渡している時に、眼に入っちゃうわけです。20年近くモノクロで作品を作り続けた人の色の仕事を。

こちらは、まだ舞台美術のことに、それどころか舞台にも注意を払っていない、まず席を探している時に、突然、突然、20年ぶりに色を使った人の仕事が眼に入り、あまりに突然の出来事に、呆然とするわけです。

で、そうすると、そこで、今度はいきなり信太くん本人に出会ってしまうわけです。自分の中で開演前で、作品を鑑賞する心の準備もなく席を探しているときに、そんなものを見てしまって、まだそのことに心の整理がつかずに、ぼんやり感じているときに、今度は作者が眼の前に現れる。まったくもって、「めくるめく」展開でした。ぼくの個人的な体験ですが。

ぼくは、信太くんと色の話はせずに、挨拶だけを交わして席につく。席について、舞台美術を眺めながら、時を過ごす。開演前の待っている時間というのは、美術鑑賞とテキスト黙読の時間になります。パンフレットには、歌詞が載っていたり、主催者からの意気込みともとれるメッセージがあったり、また、過去のワークショップの記録があって、どうやってこの作品が作られたかが、書いてあります。全部読みきれないうちに開演。

前説が、小暮さん。この人のことを、ぼくは「客のプロ」と呼んでいて、これほど劇場などに足を運び、公演を実際に見に行き続けている人はいません。お客さんをやり続けているので、この人はお客さんの気持ちが一番分かっている人です。その人がお客さんに向かって公演前の注意事項とかを伝えるわけです。小暮さんは、色んな前説を聞いたりして、こういう前説は嫌だとか、こういう前説は気持ちよかった、といった経験を客の立場としていっぱいしてきた人なので、その経験が大きいのだと思います。客のプロであって前説のプロではない小暮さんの前説自体が、エイブルアート・オンステージと呼べるなぁ、と感じました。素晴らしいパフォーマンスだった。

というところまでが、開演前です。

開演後のパフォーマンスですが、最初、舞台の緊張感もあり、なかなか見ていても入り込みにくかったのです。

ところが、2曲目のアザッチの歌が始まった途端、ぼくのすぐ側の客席の人が、ノリノリで一緒に歌い始めて、踊り始める。この人は、出演者ではないみたいですが、どうもワークショップには参加していたみたいで、客で見に来ていたみたいなのですが、この人が踊り始めて、舞台と客席という垣根がないんだな、ということがよりはっきりして、客でいる居心地が良くなりました。

その後も突然、客席からゲストといって登場してパフォーマンスをする人が現れ、ゲストが出てくること自体を出演者も知らずにびっくりしていたのだそうです。このゲストで突然客席から現れて京阪電車の物真似をする人が、バカ受けでした。この人との出会いの話は、後で教えてもらったところ、マネジメントのワークショップでだったそうです。

前述の通り、「めくるめく」メンバーは、紙芝居パフォーマンスの上映と同時に、マネジメントのワークショップを開催しています。そのワークショップとして、色々な施設を訪ねて、宣伝紙芝居を上演したり、また、どういうチラシを作れば、皆さんにとって来やすいですか、というような聞き取りもしているのだそうです。そうやってマネジメントのリサーチをしに行った先で、個性的なメンバーと遭遇して、じゃあ、見に行きます、と輪が広がり、見に来るならば、当日、場合によっては飛び入りで出られますか?と話が展開したらしい。マネジメントのワークショップと紙芝居パフォーマンスは別々に分けられているようで、実はリンクしていくのです。そして、紙芝居の絵の中に、偶然というか必然というか、京阪電車の絵まで既にあったのだそうです。

途中で、サメのシーンというのがあるのですが、このシーンには、赤い巨大なトンカチを持った監督がいて、演技が悪いとダメだしがあって、何度もやらされるシーンがあるのです。ぼくが昔「つん、こいつめ」という曲を作って、間違えた演奏家高橋悠治さんが「こいつめ」とつつきにいく曲なんですが、それをちょっと思い出しました。でも、今日のサメは、演技がすごくいいのに、全くもって何がとがめられているのか、理解不能で面白かった。

そうなんです。理解不能なのです。理解不能だけれど、納得させられるのです。どうしてなす子1号、なす子2号なんだか、火山が爆発して京阪電車で逃げるって、京阪の走っているようなところに火山はないし、で、紙芝居に井手上さんとか、加奈さんとか、坂井くんとか、明らかに出演しているメンバーの実名が出てくる。ナンセンスと論理とフィクションと現実が交錯しています。いや、これはナンセンスでもなく論理でもない。フィクションでもなく現実でもない。でも、世界とは、こういうものとして、存在しているのです。少なくとも舞台上の人々にとって、世界はこんなに日常的で、でも突拍子もなく空想的で。夢と現実の境界線なんてないんだ。

ぼくの席からは、紙芝居の絵はほとんど見えなかったのですが、しかし、パフォーマンスが絵を見ているように思えてきました。エイブルアートは、オンステージに取り組む前に、絵画を中心に活動していたのですが、今日のステージはエイブルアートの展覧会で見た中の相当面白い絵、わけわかんない意味不明な絵を、舞台化したらこんな感じだな、という舞台でした。だから、芝居を見ているのだけど、絵画展を見ているようでした。絵画展で順に絵画を見て、1枚、1枚の絵を見ていくように、一つ一つのシーンを眺めているような印象。

演劇の戯曲は、言葉が言葉の論理で展開することが多いわけですし、時に、言葉が発声されて駄洒落のように音の論理で展開したりもしますが。また、言葉に頼りすぎずに、もっと身体の動きから作られていく作品もあります。しかし、今日の戯曲は、言葉でも身体でもなく、絵でした。絵画はすぐに言葉に翻訳できないし、動きにも翻訳できない。でも、絵画を戯曲として作った作品だった、と思います。ぼくは、この絵画を戯曲にするということに可能性を感じました。

第1期の金沢の公演では、ストーリーを説明するために、子どもたちに分かりやすくするために、紙芝居を作って説明した、そうです。これは、既に文字に書かれたテキストを文字が苦手な人に伝える手段として紙芝居(絵)を使った。今回のアプローチは、順序が逆になって、絵(紙芝居)を出発点にして、それが言葉や身体の動きに翻訳されていくわけです。

それから、この「めくるめく」のチラシを見た時に、よく分からなかったわけです。ゲストとして4人のアーティストが書いてあるけれど、誰が中心になっている演出家かも書いてないし、でも、それは多分、林加奈なんだろうけど、どうして書いていないのか、とか、色々気になることはあったわけです。で、ゲストの役割も書いていないし、ゲストの説明も全然ない。

だけど、公演を見てみたら、チラシの通りのことだった。誰が演出家なのか分からない作品で、バンドのような感じでもあって、強烈に誰かの色に染まった作品ではなくって、主役がいるっていうより、複合的に様々な主役がいたりするし、ゲストの役割は大きいし、ゲストは力量のあるアーティストなので、ゲストだけが目立ち過ぎそうなのに、目立たないで、それぞれの存在が拮抗している。ああ、チラシの通りだ、と思った。

とにかく、面白かったし、可能性が感じられました。なんだか、知らない国の大衆芸能を見たような印象です。

出演の皆さんの持ち味は、随所で発揮されていましたが、皆さんの個性は、続けていくと、もっと面白く出てくると思いますので、再演、新作、どちらも楽しみにしています。おつかれさまでした。