野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

スト

 今日は、「静岡科学館るくる」に行こうと計画していたが、朝寝坊して起きたら午後だったので、またの機会にしようと諦めた。「るくる」は最先端の物理学者が大真面目に監修した科学館で、かなり面白いみたい。近々、行きたいと思う。

 それで、京都に戻った。P−ブロッのための曲を書き始めようと少し手をつけた。まだ、あんまり方針が決まらない。ぼんやり考える。変なのが数小節できる。昨年書いた2台ピアノのための「パニック青二才」の冒頭に似ている気がして、ちょっとどうかと思う。

 プロ野球がストをしているらしい。合併、リストラの話がプロ野球にも押し寄せている。雇用者と非雇用者の関係は、本来対等であるが、そのことを忘れている人は多い。雇っている側が偉いと思っているケースが非常に多い。
 吸収合併の話は、京都女子大学でもあった。ぼくが所属していた児童学科を、教育学科に吸収合併しようという計画が裏で進んでいた。教育学科の方が受験者数も少なく、児童学科の方が受験者数も多く、経営的に安定している学科だったが、だからこそ、教育学科は自らの生き残りをかけて、様々な政治手法を使って、児童学科より優位な立場に立とうとした。そして、児童学科の「子どもの心」を大切にする教授陣は、その政治手法にやられっぱなしだった。当初ぼくは、2〜3年以内に大学で教えるのは辞めよう、とは思っていたので、組織改正には全く関心がなかった。

 それにしても、こうした大学の組織改革の会議の杜撰さには、驚いた。書記がいないのである。だから、会議で話し合われ決定したことは、後に、管理職が
 「そんなことは決まっていない」
と言って、
 「解釈の相違ですね。」
と言えば、押し通せてしまうのだ。何のための会議なのだろう?そして、会議の決定の何を信じればいいのだろう?あまりにも酷いし、それに右往左往させられ愚痴を言っている教授たちを見ているうちに、マジに考えて、管理職を徹底追求してみることにした。半分以上辞める気になっていた。
 「以上の問に、文書で返答して下さい。また、以上の件に関して、文書で謝罪をして下さい。それができなければ、ぼくは辞めます。」
という内容の書状を送ってみた。最初、難を示した管理職も、ぼくが本気で辞める気だ、と分かって、大慌てをした。
 説得のために、会議の決定事項があっさり覆り、ぼくの当初の主張(つまりは当初の会議での決定事項)が全面的に認められた書類が文部科学省に提出された上、4ページの謝罪状までやってきた。ぼくが辞める、と言っただけで、説得のために、会議の決定事項が管理職の思いのまま変えられるのか、と呆れた。結局、ぼくの主張は全部通した。
「でも、不信感は残ったので辞めます。」
と言って、辞めた。もう少し、真面目に生きている人と仕事をした方がいいと思った。

 こういう時の政治的な方法というのは、実際の交渉上の議論ではない。オーナーサイドで言えば、選手会長の古田選手の浮気話などを調査し、マスコミに流し、問題のすり替えをするのが一番効果的だ。だから、オーナーサイドは、交渉のことよりも、探偵を使って、その辺を調査させているかもしれない。
 「浮気するような奴が、プロ野球界のためとは何ごとだ。」
とかなんとか。しかし、古田選手から、そうしたネタが得られないから、オーナーサイドはどうしていいか分からないのだろう。
 そういう意味で、正論を主張する側は、潔癖でなければ足下をすくわれる。かなり大変だし、神経を使うはずだ。

 それにしても、プロ野球は、観客であるファンの声を大切にすべきだし、大学だったら観客にあたる学生の声を大切にすべきだ。大学の経営陣は、学生の声など、全くお構いなしにやっている。これでは、先がないだろう。

 ストと言えば、今年の6月末、ロンドンの地下鉄がストをしていた。ぼくはストの真っ最中にロンドンに着くことになっていた。その時は、ストを回避して BritishRailを使って、ロンドン内を移動することにした。BlackpoolのGrundy Art GalleryのStuartがうまく計画を立ててくれて助かったけど、スーツケース片手に、立ち往生させられたら大変だった。

 ストの翌日、ロンドンの国際交流基金のオフィスでレクチャー&ワークショップをした。その様子は、以下のページにある。
http://www.jpf.org.uk/reviews.html#event
今回のイギリス滞在では、何度かプロの音楽家を対象にしたワークショップなどをし、色々な刺激、インパクトを与えてきたと思う。

 Halifaxで行ったレクチャー&ワークショップの受講者だった作曲家のRichardTaylorから、
 「ロイヤルオペラハウスでワークショップした時、「しょうぎ作曲」が大成功だった。野村誠という名前をきちんとクレジットしたよ。今度、君がロンドンに来たら、是非ロイヤルオペラハウスと仕事をするといい。」
とメールがきた。

 こんな風に、少しずつ世界が変わっている。