野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

平行する宇宙で分担する

 朝、いくつかの電話で目を覚ますも、再度眠り込み、本当に目が覚めたのは午後4時だった。洗濯して、銭湯に行って、それから、古田彩さんを訪ねる。
 彩さんは、日経新聞の記者で、今は日経サイエンスの編集をやっている。9年前にイギリスのヨーク大学で知り合った。久しぶりに会ったので、近況を聞くと、彼女が惚れ込んでいるDavid Deutschの話を、ずっと聞くことになり、これが本当に面白かった。

 ドイチュは、「平行して存在する多数の宇宙で計算を分担する」という量子コンピュータを提唱した人だ。この「平行して存在する多数の宇宙」という言葉に、魅力を感じた。宇宙って、英語で「universe」。「uni-」というのは、そもそも単一という意味なのに、その「universe」を平行して多数存在させてしまうところがいい。この考え方自体は、エヴェレットという物理学者の量子力学の解釈らしく、「観測していない時には確率的に存在する」という量子力学の甚だ曖昧な印象のある主流の解釈と違って、すべてが定式化できる潔いものらしい。宇宙が平行に多数存在すること、さえ認めれば、説明がすっきりするらしいのだ。つまり、野村誠という存在も、平行する多数の宇宙に、異なった状態の野村誠が存在しており、その全ての状態の干渉し合ったものが、観測される野村誠になる。また、ある宇宙に限定して観測すれば、その宇宙での野村誠が観測される、というようなことみたいだ。こういった概念は、一神教の人には、やはり認められにくいのか、数学的に完全に定式化できるにも関わらず、人気がないらしい。ぼくには、宇宙が複数存在してくれても、そんなに違和感はないのだけど。

 ドイチュは、この量子力学のエヴェレット的解釈に基づき、「平行する宇宙で計算を分担する」数学を使えば、新しい世界観、新しい物理学理論が生まれてくる、という信念を持って、「量子コンピュータ」という概念を考えたらしい。
 14世紀にフィリップ・ド・ヴィトリが「アルス・ノヴァ(新しい技法)」という本で、新しい楽譜の書き方を提唱し、その記譜法の革命が、ギョーム・ド・マショ−のような複雑なリズムの音楽を生み出したことを想起させられた。彼は量子コンピュータの発想で、「人の意識のメカニズムとは何か」を記述できるようになる、とも確信しているらしい。

 彩さんは、3年がかりで、ドイチュとその周辺を取材し続け、漸く原稿の形にし始めたらしい。興奮がこちらにも伝わってくる。結局、徹夜して朝6時まで、ほぼドイチュを巡った話を(脱線しながら)続けた。詳しい内容は省くが、いずれ彼女がドイチュに関する単行本を(しかも、物理の専門でない人に分かるように)書くらしい。楽しみだ。