野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

6つの新しいバガテル

大井浩明のPortraits of composers #1松下眞一さんで野村誠の作品が、まとめて演奏された。

松下作品、野村作品を交互に弾くプログラム。全く作風が違うので、それを交互に弾くのは、ピアニストにとっては、気持ちの切り替えも大変だと思うが、それでも敢えて、こうしたのだろう。

コンサートの前半は、松下眞一と野村誠という2面性を持つ。大井浩明の中にある2面性も出てくる。シューマンの中にあるフロレスタンとオイゼビウスのように。ソナタ形式の第1主題と第2主題のように。

松下作品は、全部で6曲。今日の演目の中で最初期の「スペクトラ第1番」が、1964年作曲。1922年生まれなので、42歳になる年に作曲されていて、これ、まさにぼくにとっての今年にあたる。松下作品の6曲は、40歳過ぎから60歳過ぎ頃の20年間なのだが、まず、これを聴いて、40代から、まだまだ人は成長できる、という勇気を得ることができた。特に、1970年の「スペクトラ第3番」から、1973年の「スペクトラ第5番」までの3作品は、ドイツに住んでいる時代に作曲したものらしく、やはり環境の変化は、大きくクリエイションにも影響するのだろう。この時期の作品が、非常にフレッシュだった。

野村作品は、全て21世紀に入ってから書かれた作品。大井浩明は、譜面を読み込み譜面に書かれている情報を読み解いていく演奏家。ぼくが書いたことは、このように解釈できます、と一つ一つ確認していく作業。そして、譜面に細かく書かれていても、曲の解釈は一通りにはならないことを、改めて確認する。練習では、一曲ずつ単独で弾いていた曲を、松下眞一の作品の間に埋め込まれた時、当然、違った音楽のように見えてくるし、演奏の解釈も変わってくるだろう。本番の演奏は、練習のどの演奏とも違っていて、最大限に不安定なスリリングな道を通る演奏だった。

そして、自分が理学部の学生だった頃、量子力学の「不確定性原理」に強くインパクトを受けたのを思い出す。どんなに測定しても、曖昧に確率的にしか分かり得ない「不確定性原理」。どんなに譜面を丁寧に読み込んで、演奏を厳密に確定していっても、確率的にしか存在しない、その演奏をその場でつむぎ出すことがライブであり、生きることの希望だ。

松下眞一の「6つのバガテル」の直後に世界初演となった野村誠の「6つの新しいバガテル」が演奏された。この音楽は、松下眞一と大井浩明の存在がなければ、ぼくは決して書かなかっただろう。こうした作品を世に生み出せたことを、本当に感謝したい。「フーリエ変換」では、椅子のきしむ音も音楽の一部になっていた。大井君にクセナキスなど難曲を演奏するイメージがあるかもしれないが、「月の光」のような素朴でシンプルな曲を、本当に素敵な演奏をする。そして、「シャンソン」でのビデオとの共演も、実は、うまくいくのか心配だったのだが、これも全くの杞憂に終わった。大井浩明は、物真似の名人でもあり、色んな人の喋りを真似するのが得意である。つまり、耳が良く、特長を把握する能力に優れているわけなので、映像の喋りのリズムの特長も見事に把握できるので、これは、まさに彼向きの曲(ということに、やってみて気づいた)。「語れや君、そも若き折、何をかなせし」での老人との共演での音色の多様さもさすがで、これだけのプログラムを演奏し続けた最後の最後に、集中力を要する(大井曰く「神経衰弱」のような)「主よ、主よ、そは現し世なり」を、多分、意識が朦朧となりながら、集中力を切らさずに弾ききったものは、まさに、将棋の終局直前のテンションとも近かったかもしれない。最後に、「O Dieu O Dien C'est la vie」と言って、和音を弾くシーンは、まさに「参りました」と投了するシーンのようでもあり、勝った瞬間の勝者のようでもあり、アンコールの拍手に対して、「もうこれ以上弾けません」と答える大井に、大きな拍手がおくられ、アンコール演奏はなし。とは言え、19時ジャストに開演して、21時半に終演。15分の休憩以外は、ほぼ弾きっぱなし。

非常によい機会をいただき、これからの音楽人生の方向を考えるきっかけにもなりそうです。大井様、観客の皆さん、スタッフの皆様、本当にありがとうございました。