野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

きたまりダンス公演《棲家》初日

きたまりダンス公演《棲家》(@京都芸術センター)の初日でした。コロナの中、たくさんのご来場ありがとうございました。明日が楽日です。当日券もあります。

 

www.kac.or.jp

 

公演中、ピアノを演奏していたのだが、由良部さんのダンスがあまりに美しく、ダンスに魅せられる時間だった。ぼくの仕事はピアノを弾くことなのだが、本当にダンスを味わう時間だった。太田省吾さんの戯曲を読み解ききたまりさんが振り付けた世界。この世とあの世の境界にある世界だから、照明は明るすぎてはいけない。幽霊がくっきり見えてはいけない。でも、由良部さんのダンスの微細な表現を逃すことなく味わいたい。だから、三浦あさ子さんの照明は、見えないけど見える線。暗いけど暗すぎないところを狙う。息を呑む。

 

作品は、現実と異界の間を彷徨う。本番では、バッハの楽譜を見ることをやめた。譜面通りに弾くことをやめた。譜面を全部覚えて正確に弾くこともやめた。曲が正しく曲のまま演奏されている限り、この世とあの世の間をスライドできない気がした。弾いているうちに、バッハの書いていない音に外れちゃうこともあった方が、冥界への扉を開けるのではないか、と思った。わざと間違えて弾こうとしたわけではないけれども、弾いているうちに指に誘われるように弾いていった。能を鑑賞したことは何度もあるけど、能を演じたことはない。まして、バッハを弾いている。でも、能を演じるって、こういう体験なのか、という感覚を少しでも体感できたのは、今日の本番のおかげだ。

 

本日使用した100年前のピアノ(ペトロフ)に本番で最大限力を発揮してもらえるように、午前中に2時間ピアノにリハビリするつもりで、精一杯弾き込んだ。すると、コリがほぐれるというか、楽器が響き始めた。やっぱり楽器は、使っていくと鳴り始める。本番もペトロフは、よく響いてくれた。楽器にマッサージをしておくことは、重要だなぁ。

 

本番前に舞台監督の浜村さんが舞台の整備をしている様子は、大相撲の呼出しさんに見える。呼出しさんが土俵を掃き、土俵をならすからこそ、力士は気持ちよく相撲をとることができる。それで言うと、演出/振付のまりさんは行司さんのように、我々の立合いを見守ってくれているので、我々が立つことができた。

 

それにしても、馬頭琴の嵯峨さん、本当にいい演奏家で、いっぱい刺激をいただいている。この贅沢な現場、明日で終わっちゃうのかぁ。寂しいな。