野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

JACSHA城崎レジデンス 十四日目 『オペラ双葉山』のはじまり

JACSHA(=日本相撲聞芸術作曲家協議会)のKIAC(=城崎国際アートセンター)レジデンスの14日目。ついに、竹野子ども体験村での「オペラ双葉山 竹野の段」成果発表コンサート。

 

『オペラ双葉山』という言葉が登場し始めたのが、2016年のさいたまトリエンナーレの頃だった。あれから、『オペラ双葉山』とは何かを問い続ける作業が続き、『オペラ双葉山』を上演すべく準備を進めてきたが、『オペラ双葉山』という名称で行う初めての公演が本日だった。

 

子ども体験村は、不思議な場所だった。そもそも、江戸時代の錦絵などを見れば、相撲の土俵は、土俵の上に屋根があり、その周囲の客席に屋根がない。ここは、その逆で、中心の土俵の上に屋根がなく、周囲に屋根がある。従来の土俵と反転している世界なのだ。正面には海があり、向正面には山がある。外から環境の音が聞こえてくるのに、演奏している内側の音が外に逃げていかずに、よく響く。

 

海辺の町、竹野町で開催して、107名の入場者がいたのも、予想外の大入り満員御礼だった。

 

與田さんが助っ人の吉岡さんを伴い相撲甚句を披露していただけたし、竹楽器を提供していただいた笠浪さんはカメラを持参で、公演をバシバシ撮影しまくるし、それぞれが観客に徹するのではなく、自分なりの立ち位置を見つけて参加してくる公演だった。ちなみちゃんが幼少時にこいのぼり相撲大会で決勝戦で戦ったふうちゃんも来場し、優勝の秘話を聞かせてもらったのも、『オペラ双葉山 竹野の段』の一幕だった。

 

小川さんのヴァイオリンが、公演全体の要所要所で勘所をおさえた。クラシックのオーケストラ奏者でありながら、JACSHAの世界と乖離することなく、音楽の魅力を全身全霊を込めて伝える。鶴見作品の「毛弓取り甚句」、野村作品の「ポーコン」、樅山作品の「鎮魂の儀」、いずれも心のこもった演奏だった。

 

心のこもった演奏と言えば、里村さんの朗読もそうだ。相撲や相撲甚句をめぐる楽曲やパフォーマンスなどの演目と演目の間に、里村さんが音読する竹野町史のシーンがやってくる。竹野町史という分厚い本、その本の物体としての重み。そのうちのたった数ページが読まれるに過ぎないのだが、その数ページを聞くと、それ以外に何百ページにわたって書かれているであろう竹野町の様々なことを想像させられてしまう。ぼくらは、竹野相撲甚句にフォーカスをあててリサーチをしたし、竹野相撲甚句にすごい愛情を注いでしまっているけれども、竹野町史の中には、相撲甚句以外にも数々の風習や歴史が詰め込まれていて、そこから、この町でかつて人々がどのように生きどのように暮らしてきたかの一端を想像してみることができる。里村さんが四股1000で培ってきた四股しながらの語りは、確かにオペラだった。観光協会の青山さんにも感謝。

鶴見さん、樅山さんは、素晴らしい作曲家で素晴らしい作品を書くと同時に、彼女たち自身が優れたパフォーマーであり、存在そのものにオーラがある。そのキャラクターは、全く違うのだが、それぞれの形でその時間を生きている。JACSHAで助成金などの申請で成功する事例が少ないこともあり、低予算の中で実現していくために、JACSHA自身がパフォーマーとして演じることが必要になる。2年前のKIACでの公演時よりも、パフォーマーとしての強度が高まっているのは、四股1000で毎日稽古をしていることも大きい。この2週間の間に様々な場面で出会った人々との再会の場でもあった。客席の中に知った顔も数多く見かけた。もちろん、初めてお会いする人もたくさんいた。コロナだから密を避けて風通しのいい場所を会場に選んだのだが、実際に精神的のも風通しがいい空気が流れていて、閉塞感がなかった。それはJACSHAの特質であると同時に、竹野の人々の特質でもあると感じた。

 

舞台スタッフの小林さん、藤原さんが、音響の調整、黒子の衣装でマイクを移動、マイクに四本柱の色をビニルテープで巻くなど、

 

プロデューサーの吉田さんが、取り憑かれたように鶏ガラスープのちゃんこ番として、コロナ対策を徹底した上でスープを観客に振る舞った。記念すべき『オペラ双葉山』の初上演を彩る振舞い。

 

KIACの橋本さんは、竹野の人とJACSHAをつなぐ様々な調整を行ない、アーティストの一見理不尽とも思える行動も許容し、町の人々の事情も察し、ある種、町とアーティストを立ち合わせる行司さんのようであった。橋本さんは呼吸を読んで息を合わせて、お互いのテンポを合わせていくようなコーディネートをした。連日の仕事で披露困憊であろうに、そういう素振りも見せずに、公演が終わってJACSHAが外を練り歩いている時には、気がついたらご自身も鍵盤ハーモニカを出して吹いていた。今日の公演の中でスタッフに徹して終わるのでなく、最後にこうして自然に楽器を演奏して参加したのも印象深かった。

 

体験村の服部村長は屋根の上に上って写真撮影しているし、波田野さんは黒子の衣装を着て撮影している。スタッフのようで出演者のようで、一体、どこまでが『オペラ双葉山』の出演者なのだろう?観客と出演者の境界があやふやになっていく。

 

観客の100%近い人々がアンケートに記入してくださったことに感謝。驚くべきほどの快晴で、事故もなく無事に終演できたこと、撤収すると、突然雨が降り出したことなども印象深い。

 

夜は、最後のJACSHAフォーラム。『オペラ双葉山』は竹野で始まった。今後、映画になったり、フォーラムになったり、冊子になったり、手ぬぐいになったり、従来のオペラの概念を逸脱し、展開していくに違いない。

 

みなさん、本当におつかれさまでした。