野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

はじまりますよ

イギリスの友人からメールで知らせが来て、新型コロナウイルス の感染と死の報告を受けた。以前、ぼくが訪ねたことがある老人ホームで、一緒に音楽をしたことがあるお年寄りが、新型コロナウイルスに感染し、一度、よくなりかけたが、また悪化し、亡くなられたとのこと。同じ老人ホームで、何人も亡くなられたとのことで、ただただ冥福を祈るしかない。人生の終わり近くに、あれだけ音楽を楽しみ幸せな表情を見せていたことが、せめてもの救いだと思う。

 

高砂部屋マネージャーで元力士の一ノ矢さんから、高砂部屋創始者である初代高砂浦五郎に関する原稿が届く。これを戯曲化して、地歌箏曲家の竹澤悦子さんが三味線で弾き語る新曲を野村が作曲する。とりあえず、高砂浦五郎の波乱万丈の人生について読んで、あまりに壮大すぎて、これをどんな風に曲にしていくのか、楽しみであると同時に、まだまだイメージはできていない。作曲するのが楽しみだ。

 

感染者が爆発的に増加すると医療崩壊が起きる、という言葉を何度も目にする。医療が対応できる範囲に限りがある、ということだ。新型コロナウイルスに対する医療崩壊に対処できるように、今、大慌てで様々な備えをしていると思う。では、今の状況に対して、精神的なダメージを受けて、精神科や心療内科に通うべき人が、爆発的に増えてもおかしくない(カウンセリングとかは、今の状況では、オンラインで問診したりしているのだろうか?)。自分の中に溜め込む前に、飲み会などで発散できていたことが、発散できなくなって、だんだん自分の内に黒いものが溜まっていってしまうこともあるかもしれない。さらには、普段、話せないような愚痴を、密室でのマッサージ治療や整体院などに言った際に、吐き出せていた人も、吐き出す吐け口を失ってしまっている可能性もある。そういう意味で、心の健康の面でも、医療崩壊が起こる可能性がある。本来だったら、丁寧にケアできていたのに、カウンセラーのところに患者が一斉に次々に訪れて来たら、カウンセリングが3ヶ月待ちとか5ヶ月待ちになってしまったら、その間に、心の闇は深まってしまうのかもしれない。まず、そもそも、我々音楽家が、身体的にも精神的にも健康でいられるようにしないといけない。その上で、この心の健康面での医療崩壊状況を食い止めるためにも、今の緊急事態の中で、どんな環境をつくっていったらいいのか、我々音楽関係者/アート関係者が知恵を出し合って、何ができるのかを見つめ直し、一つずつ実践していきたい。

 

それでも、ポジティブに考える癖のあるぼくは、こんな状況だと、これを乗り越えて、新しい世代の新しいアートが生まれてくるだろうなぁ、と密かに期待している。今までのやり方が成立しなくなるんだから、根本的に全然別のやり方しないと無理で、そうした発想の転換ができる柔軟な人が、きっといっぱいいて、今までのアートとは全然別の切り口のことで、何かを始めるんだと思う。だから、そういう芽が出てたら、絶対に摘みたくない。何がなんでも応援したいし、そこからぼくも影響を受けたい。問題は、ぼくの頭が保守的すぎて、そういう芽に巡り合っても気づけない可能性があることだ。だから、できるだけ頭を柔らかく、いろんなことを受け入れる気持ちを持って、そうした芽が出るのを待っている。もちろん、ぼく自身だって、新しい切り口で何かを始めて切り開いていきたいと思っている。そうした意気込みはある。と同時に、とんでもない若い人が、とんでもない発想で何かをするはずだ、とも思っていて、それが想像がつかないので、ただただ楽しみなのだ。こんなことを書くと能天気だと思うけれども、でも、危機的な状況だと、何か新しいものが生まれるしかないと思うので、その芽を踏み潰すことだけは、何がなんでもしたくない。

 

それにしても、1ヶ月後、3ヶ月後、半年後の状況がこんなに予想がつかないのは、本当に久しぶりだ。20代の頃、何ヶ月も何一つ仕事がなくって、毎日、今日は何をしようと思って、図書館に行って本を読み、お金がなくなれば、路上演奏をして食費を稼いでいた。予定というものが、ほとんどなかった。もう1ヶ月何も仕事が来ないと墜落するなぁ、と思った頃に、一つ仕事が入って、また低空飛行を続ける。そんな生活をしていると、1ヶ月後は遥か未来だった。あの時に思ったものだ。「大人になると1日がどんどん早くなり時間があっという間に過ぎる」、と大人から聞かされていたけれども、1日がなかなか過ぎないなぁ、時間が過ぎないなぁ、と。でも、あの極貧の1年間の間に、ぼくは経済的には、ほとんど仕事をしていなかったに等しいのに、あんなに予定はなかったのに、あんなに色んな人におごってもらって生き延び、色々な成果をあげた。鍵盤ハーモニカ・オーケストラP-ブロッを結成したし、ガムラン作品「踊れ!ベートーヴェン」は作曲したし、シンガー/ソングライターのTASKEと濃密なコラボをしたし、初めての箏曲を作曲したし、(原稿を出版社に持ち込んで)雑誌「教育音楽」に連載を始めたし、音楽療法の世界と遭遇したし、、、、、。多分、2020年は忘れられない記念碑的な年になるんだろう。何が始まるんだろう?

 

はじまりますよ