野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

君は来ないと行けない

作曲家のマイケル・パーソンズの家に滞在。午前中は、マイケルが編曲作業をしているので、ぼくは図書館でメールをしたり、本を読んだり。メールをチェックすると、BBCのラジオ番組で、「ノムラノピアノ」の中の「泰西風俗図屏風」を聴いて、CDが欲しいという人から、連絡があった。ロンドンではなく、海岸沿いのHastingsという町に住んでいる人。嬉しい反響。

午後は、マイケルの最近の作品の録音を聞かせてもらう。合唱曲、オーケストラ曲、ピアノ曲。どれも違うスタイル。その後、マイケルは、最新のピアノ曲を、自らピアノで演奏して聴かせてくれた上で、譜面をコピーしてくれた。マイケルの同居人のソフィーとようやく顔を合わせ、彼女が最近は藻を使った美術作品を試みていることを知る。生きている絵画や彫刻を目指して、ガラスの彫刻の中で藻を育てる。algaeという英単語(=藻)を初めて聞いた。最初、アレルギー(=allergy)の聞き間違いか、何を言っているのか分からなかった。

マイケルの家を出る。マイケルが地下鉄の駅まで送ってくれると言う。78歳の巨匠に歩かせるのも気がひけるが、気分転換に散歩したいから、と仰る。有り難い。駅に向かう間、マイケルは、「偶然」の話をしていた。彼の作品の中でも、色々な形で「チャンス(偶然)」が出てくる。マイケルは言う。「ぼくが、偶然について、意識したのは8歳の時なんだ。父さんと散歩していて、父さんが丘の上から、別の町を指して、あの町にも仕事を応募していて、そっちで採用されていたら、あの町に住んでいて、そうしたら、母さんに会わなかっただろう、と言う。父さんと母さんが出会わなかったら、ぼくは生まれない。ということは、ぼくは存在しないのか、と思って、8歳のぼくは混乱した。でも、ギリシア人は、全ては偶然でなく、必然だと言う。運命で、全て決められていて、人間は運命を知らないけれども、神様は運命を知っている、と言う。」そんな話をしていたら、駅に着いた。1994年、ぼくはイギリスのヨークに住み始めた最初の日、大学を散策して掲示板で、もう終わってしまっていた「contemporary music for amateurs」のチラシを見つけ、その講師をしていたマイケル・パーソンズの名前をメモした。そして、図書館にあった本で、マイケルの住所を見つけて、手紙を書いた。マイケルが返事をくれて、ロンドンのマイケルを訪ねた。偶々、その時期に(1994年の秋)、スクラッチ・オーケストラの25周年を記念するワークショップとコンサートがあると誘われて、ぼくはロンドンまでワークショップを参加しに来た。何度もロンドンに来ると、交通費と宿泊費がかさむので、ぼくは本番には参加しないと言った。すると、マイケルは強い口調で言った。「君は来ないと行けない。君は来るべきだ。お金がないなら、ぼくの家に泊まればいい。」そして、ぼくは、マイケルの家に泊めてもらい、クリスチャン・ウォルフのレクチャーを聞くこともでき、クリスチャンの作品にも出演し、その後、数えきれないほどマイケルを訪ね、マイケルの家に泊まり、様々な楽譜をいただき、数多くの励ましを受けた。マイケルがあの時に、こう言わなかったら、マイケルとぼくが交わした様々な会話はなかっただろう。駅の改札を前に、そのことをマイケルに伝えると、マイケルは嬉しそうに、「ぼくが、そう言わなかったら、君は違う人生を歩み、違う音楽をしていただろうね」と言って、見送ってくれた。

サウスバンクセンターへ。作曲家のArys Daryonoと会うのだが、ぼくが携帯がないので、どこかで公衆電話でも探さないと会えない。ひとまず、サウスバンクセンターに、5時ー5時半の間に行くとだけ伝えてあるのだが、これだけ人が多いとすぐには会えないかもな、と思ったら、目の前にアリスが現れる。アリスが、やぶさんと連絡がしてないし、電話しないと、と言いながら、でも「まずご飯を食べよう」と言い、財布忘れてきたので、ATMでお金おろしたいと言って、結局、うろうろ探して、駅まで行って、駅から戻って来て、外に出ている屋台で、エチオピアの料理をテイクアウェイしようとしていたら、やぶさんが偶然通りかかり、合流。こんなに人が多いところで、どうしてばったり会えるのか。そして、外で食べるか中で食べるか考えて、外で食べることにして、空席を見つけて、食べていたら、前に座っている人が、京都の山科に住んでいて、英語の先生をしていたことがある人で、我々の会話に反応。不思議な出会いが続く。

お茶をして後、アリスとガムラン練習室に寄って後、今日のライブ会場のIklectikへ行く。通りから、小道を通って、不思議な中庭を通った先にある隠れ家のようなスペース。今日は、エンリコ・ベルテッリとのデュオ即興ライブ。そして、エンリコの友人であるクラリネット奏者のTom JacksonとギタリストのDaniel Thompsonのデュオ。そして、4人での即興ライブ。お客さんで映画を作っているという人から、「人は自分がやる仕事に制約を作って、その中で活動しようとする。でも、あなたは色々なことに制限を設けずに、やりたいと思ったことをやる。それが素晴らしい。」と言われた。自分に制約を課さずに生きていきたい。

パブで語り合って後、エンリコの家に帰る。