野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

20年前のイギリスでの日記

年度末で、確定申告もすませて、家の片づけに取り組んでおります。整理しているうちに、20年前にイギリスに一年住んだ時の資料が、がさっと袋に入っていたのを、ファイルに入れたり、仕分ける。当時の日記のプリントアウトしたものが、ほぼ全文、残っている。その中の一日には、オーケストラのことが書いてあって、ドキっとした。

1995年2月15日

 教育委員会のパーキンソンさんの誘いで、鉄道博物館にやって北。3つの小学校と3つの特殊学校が自作曲を披露する。このコンサートにも随分疑問点があった。
 このコンサートのための作曲ワークショップは、**オーケストラのメンバーが行っていた。最近のイギリスの傾向で各オーケストラは演奏活動のほかに教育プロジェクトを活発に行っている。オーケストラの教育活動といえば日本ではもっぱら小中学校をまわって子どもにオーケストラを聞かせるものだが、ここイギリスではやっぱり作曲となる。**オーケストラは、ジェイムス・マクミランの新作初演に合わせて、この教育プロジェクトを行っていた。マクミランの曲に触発されて子ども達が作曲したそうだ。
 コンサートを聴いて、ぼくはがっかりした。曲の大半を大人が作ったのが一目瞭然だったのだ。オーケストラのメンバーは演奏のプロだ。しかし教育や作曲については完全なる素人だと思う。そんな素人がこんなに安易に作曲教育に手を出していいものだろうか?ぼくには疑問だ。もし取り組むなら十分考えて十分責任を持ってやるべきではないかと、ぼくは思う。

この日記を書いていた時は、19年経って、自分がオーケストラの教育プログラムに携わるとは思っていませんでしたが、何にしても十分に責任を持って取り組め、と19年前の自分に言われているので、心が引き締まりました。

ちなみに、19年前の今日の日記は、

1995年3月28日 ****中学校

今日は教育委員会から視察官が視察に来ていた。そこで授業の様子は少しいつもと違う。視察官は二日間ホームズ先生の授業をみっちり観察して厳しい評価を下そうというのだから、シビアだ。教室には緊張した雰囲気が漂う。出席をとる様子もいつもと違い、明らかによそよそしい上品なものだ。いつもだったら、
「ニコラ」
とホームズ先生が言えば、
「はーい」
と答えるニコラも今日は芝居がかっている。
「ニコラ」
「はい」
いつになく上品な声でニコラが返事をする。ホームズ先生もさらに上品に、
「今日あなたは何に取り組みますか?」
などと、いまだかつて聞いたことのない丁寧な質問をする。ニコラも役者だ。すぐさま
「はい、今日はGCSEのための作曲をします」
と普段では決して聞けないお上品な台詞をためらいもなく言うのだから。ホームズ先生は、ぼくを視察官に紹介する。
「こちらは、マコト・ノミューラーさん。現在、ヨーク大学の大学院に在籍してイギリスの作曲教育について学んでおられます。イギリスの多くの学校を見学されていますが、特に本校には週に2〜3回ずつ訪れて私の授業を手伝ってくれているんですよ。」
ホームズ先生の説明に、視察官は感心するばかり。
「マコト、ちょっとデイビッドの作曲を見てきてくれる?」
ホームズ先生が言うので、ぼくもこの芝居に参加することになった。いつもより上品に返事して、デイビッドのいる練習室へと移って行った。しばらくしてホームズ先生と視察官がやってきた。
「実はマコトは素晴らしい作曲家なんですよ。デイビッドはGCSEの演奏曲目としてマコトの曲に取り組んでいるんです。ちょっと演奏してもらいましょう」
これにはデイビッドも困った顔をした。それでもホームズ先生は執拗にリクエスト。そこでデイビッドはぼくとピアノで「AB」を連弾した。ついに視察官の感心は最高潮に高まった。
「いやはや、素晴らしいですな。とても素晴らしい授業をされておられる。」
視察官に握手を求められて、デイビッドが当惑の表情を見せると、ホームズ先生は左目で軽くウインクをした。
さて、ここで極秘情報を暴露してしまおう。実はこの視察期間中、校長先生は一部の生徒に登校禁止令を命じた。視察官の来る日には不良少年少女には休んで欲しい。これが校長先生の考えだ。これはちょっと尋常ではないと思う。こんなことがイギリスの学校でも現実に起こっている。

ちなみに笑ったのが、以下の日記

1995年5月16日 ****中学

講堂でGCSEの筆記試験が行われているので、騒音を出さないように図書室で音楽の授業をすることになった。図書室でどうやって授業をするのだろうと思ったら、ホームズ先生は、
「今日はガムラン音楽を作曲してもらいます。ドを6回、レを5回、ミを8回、ソを7回、ラを6回使って、8小節の曲をノートに作りましょう」
とパズルのような課題を出す。生徒はただ回数が揃うように音を並べていく。これなら確かに図書室で可能だ。

20年前の色々な記憶を整理するために、この日記を一度、整理してみたいな、という気になりました。