野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

ソロだけど複数

昨日も今日も、ホテルの朝食もとらず、外食をせずに、調理場をお借りして、薮さんが料理をし、砂連尾さんとぼくがアシスタントをして、お弁当を作っておりました。自分達で食事を準備して公演に臨むのは、手づくり感覚で劇場に入れて、体が喜びます。

さて、ゲネプロ(最後の衣装をつけた本番同様のリハーサル)前に、砂連尾さんが、「天使論」のダンサー増田さん、演出家の相模さん、その友人の遠藤さんと、一緒にストレッチをしています。その光景がとても良くって、思わずそれに合わせてピアノを弾きました。ついには、二人のダンサーだけがストレッチをしていました。そこに写真家の杉本文さんが到着。二人のダンサーは、ちょっとだけ即興で踊ろうか、と言って、突然、観客のいないスタジオで即興セッションを始めました。見ているのは、文さんとぼくだけです。文さんは写真を撮り、ぼくは音を奏でました。観客ゼロの束の間の即興。豊かな時間。

その後、大慌てで着替えて、ゲネプロゲネプロは、文さんの写真撮影とのセッションでもありました。砂連尾さんとの即興は、相変わらずの真剣勝負。河合のアップライトピアノが悲鳴をあげないように、気遣いながら演奏する。「天使論」での増田さんのダンスが、昨日よりも生きた呼吸をしていて、良くなっているように感じ、一緒にいるこちらも嬉しい。

そして、いよいよ本番です。超満員の客席の方々が集中して鑑賞していただき、こちらもリハーサルのことを全部踏まえた上で全部忘れて、本番の時間で感じた通りに演奏しようとする。その時間、その場に生きているということが、ライブということだ。砂連尾さんも、ライブだった。ライブで、その時、その場にいるのに、それは、1945年になったり、2011年になったり、今になったり、未来になったりした。今が昔にもなり、未来にもなるために、真剣に今にいることが、ライブというのだ。そういうことを、砂連尾さんと確認し合っているかのように、演奏した。砂連尾さんの生きているダンスと取っ組み合いで戯れた。「天使論」の最後のシーンで、一人で踊っている増田美佳さんも、ライブだった。一人で踊っているようだったが、実は、ぼくも心の中で一緒に踊っていた。砂連尾さんもきっと一緒に踊っていたに違いない。相模くんも一緒に踊っていただろう。実は、観客が全員、頭の中で踊っていただろう。だから、ソロダンスは、実は一人じゃないんだ。そんなことを感じた。

ぼくは一人でピアノを弾いていたようで、みんなと弾いている。ピアノに触れているのは一人なんだけど、でも、みんなと弾いている。そういう感覚について、砂連尾さんから、いっぱい教わっているのだと思う。それを砂連尾さんは、宇宙と共振するダンスと言う。単に映像やダンスや写真と合奏しているだけじゃない。みんなと合奏しているんだ。世界と共振する、宇宙と共振すると、ぼくは一人じゃなくなるんだ。明日も、ライブ。明日も、その時間に生きることにしよう。一人じゃなく、その時間の世界と一緒に。