野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

サマサマ・インタビュー

インドネシアに入国して、10日。既に日本食が恋しくなっておりますし、連日の暑さに夏バテ気味ですが、それなりに元気にやっております。芸大の民族音楽学科の学科長に就任したハリアントさんにも、一度、インタビューに行こうと思い、メールする。木曜日、金曜日あたりで、会えませんか?と。ところが、すぐに「今日の10時に、民族音楽学科に来れますか?」に返信あり。では、芸大まで行くとするか。芸大まで出かけて行く。さて、学科長室に到着して挨拶も半ば、お土産を渡しかけた時、学生が次々に入ってきて、握手をしてくる。なんだ、なんだ?「学生たちが、有名な作曲家先生が来られたんで、インタビューしたいそうなんだが、いい?」とハリアントさん。インタビューする気で、質問内容まで準備してきているのに、ぼくの企画書すら渡せないまま、勢いに押される。「どこがいいかな、2階にピアノがある部屋があるから、そこがいいかな?」、おいおい、インタビューするのに、どうしてピアノの部屋にする必要があるの?!「では、みんな2階に移動しよう」とハリアントさんは、学生を従えて、2階へ。そこは、普通の講義室で、教壇のところの椅子に、ぼくを座らせ、ホワイトボード用のマーカーを手渡し、「じゃあ、お願いします」って、何を!ハリアントさん、「じゃあ、質問を聞こうか、でも、まずはマコト先生の活動を知らないと、質問も難しいし。じゃあ、マコト先生、あなたの活動をまず紹介、お願いします」。そうと聞いていれば、色々資料だって用意できたけど、資料もないから、まあ、簡単なことを話すわけです。作曲家であること、独学であること、西洋楽器、日本の楽器、日用品、ガムラン、様々な作品があること。即興演奏も好きであること。様々なノーテーションの仕方で楽譜を書いていること。大雑把に説明して、質問コーナー開始。こういう時に、質問をするのは、インドネシア人は上手である。独学で、どうやって作曲を始めたのか?日本の音楽には、どんな音階があるのか?日本の伝統音楽の奏者がジャズミュージシャンとセッションしたりするのか?動物と音楽をするって、どんな風に?様々な質問が終わると、ハリアントさんが「じゃあ、せっかくだから、鍵盤ハーモニカの演奏を」というので、演奏。すると、「せっかくだから、ピアノの演奏も聴きたいですね。ただし、ここのピアノはガタガタですけど。」ということで、たっぷり1時間以上、レクチャー、質疑応答、ミニライブの3本立て。学生達は大喜びで帰って行った。

民族音楽学科の学生達は、インドネシアの民族楽器も演奏できて、人によってはサックスやヴァイオリンなど、西洋楽器も演奏できるとのこと。「明日は、『音楽の創造』という授業があるけど、これはマコトさんにぴったりですけど、明日の午後3時に来れます?」と別の先生に言われる。明日は生憎予定があって無理だが、このままだと、授業を全部やらさせられるかもしれない勢いだ。ま、それも面白くていいけれども。ということで、学科長室に戻り、お茶を飲んで、ようやく企画書をハリアントさんに見せる。丁寧に企画書を読んだ上で、「最後のコンサートは、場所決まってる?学科のホールを使ってもらっていいよ。200人くらい収容できるし。」とのこと。「あと、また学生を集めてワークショップもできるから、いつでも言って下さい。」とのこと。これで、ハリアントさん+民族音楽学科の学生とのコラボレーションは、やることになりそうだ。

ここで、録音機を出して、ようやくぼくの方のインタビュー。質問を準備してインタビューをしてみると、普段の会話とは違ったモードで話してくれて、非常に面白い。様々な文化が出会うことが好きで、コラボレーションをすること。カリマンタン島の内陸部での体験が、ハリアントさんの創作に大きく影響していること。彼にとっての創作は、通常は、瞑想的な冒頭部、普通の生活を描く中間部、そして盛り上がる集結部の三部構成をとるらしいが、テーマが何かによって、どんな音を扱うかは違ってくるらしい。しかし、音楽とは、彼にとって、物語であること。だから、水の物語ならば、水を表す楽器は何か、喜びの音楽ならば、喜びを表す音色は何かと考えるとのこと。また、インドネシアの音楽といった時に、外国人にとって、バリ音楽、ジャワ音楽、スンダ音楽の3つだけ。でも、インドネシアには何百の民族がいて、その数だけ民族音楽があることを、強調していた。ということで、お互いにインタビューをし合った。こういう関係のことを、インドネシア語でsama samaという。samaとは同じという意味で、お互いさまという意味なのだ。ありがとうと言うと、sama samaと答える。こっちもインタビューに協力するけど、あちらもインタビューに協力する。これがsama sama。

さて、午後には、西洋音楽学科の作曲家講師のメメットさんを訪ねた。彼は作曲の先生だが、インドネシアの民族楽器を混在させたガンサデワというグループもやっていて、アプローチとしては、ハリアントさんと共通するものもある。ところが、メメットさんにインタビューしてみて面白かったのは、発想がハリアントさんとは全然違うということだった。例えば、様々な民族楽器を混在させるが、彼にとっては、音そのものが魅力的だから、というのが最大の理由である。また、頭で考えるロジックと、心で感じるフィーリングのバランスをとることに、重要性を置いていて、感覚に流れがちな伝統系の作曲家との違いとして、本人が自覚しているところも聞き出せて、良かった。「ほかに誰かインタビューした?」と聞かれたので、今朝、ハリアントさんにインタビューしに行ったけど、インタビューする前に、逆に学生にインタビューされて、講義をするはめになった、と言ったら、「明日の朝、大学院でセミナーがあるんで、来ない?」と誘われる。ハリアントさんのをやっておいて、メメットさんの断るわけにもいかないし、インタビューやコラボレーションに協力してもらうお礼として、講義をするのは、sama samaの関係で良いので、引き受けることに。

家に戻って、夕方、ハリアントさんのインタビューを文字起こしする。知らない単語が出てくると、発音からスペルを推測して、辞書を探索する。これは、なかなか厄介な作業だが、通訳を頼むよりも、こちらの方が勉強にもなるし、結局、音楽分野の専門用語を知らないと、本当の意味で通訳も難しいので、頑張って自分でやることに。

夜は、ギギー君が音楽を担当したパントマイムの公演を観に行く。これまた面白かったし、多重録音で作ったギギー君の劇伴も初体験だったので、色んな意味で面白かった。しかし、例によって無料のため、1000人近くの大観衆。ぼくは2作品見て、疲れて帰ることにしたが、帰ろうとホールを出ると、ギギー君とばったり会う。どうして、こんなに人がいっぱいいるのに、会えるのだろう?「明日は、何時に行ったらいい?」、「じゃあ、4時にしようか」、「ヴィンセントさん(アメリカ人のガムラン作曲家)には、いつ会う?」、「いつでもいいよ」と必要な件のやりとりをして、作品の感想を伝えると、長い一日が終わった。