野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

断食

朝7時に起きて、入国管理局に行く。日本だと、こんなに早起きはあり得ないのだけれど、朝早めに移動しないと、暑さでバテルので、自然と早起きすることになる。普通に観光ビザで一ヶ月の滞在ならば、こういう手続きは全くいらないのに、2ヶ月にしてしまい、調査ビザを取得したために、色々手続きが多くて大変です。でも、日本財団との契約上、これは仕方がないので、インドネシア語のレッスンと思って、バスの待合室でも、入国管理局でも、お喋りをして、楽しむことにしている。バスで喋っておばちゃんは、実は旦那さんがガジャマダ大学の先生で、日本の餅を食べたことある、と言ってた。意外に日本のことも知られている。入国管理局で隣に座ったインドネシア人は、ヒップホップのダンサーで、海外公演するために、パスポートを作りにきているとのこと。お金はとられる、写真はとられる、指紋はとられる、でも、イライラせずに、楽しく過ごすことができて、よかった。次回は7日に来て下さい、とのこと。手続きしているうちに、出国の日が来るのでは、という感じですが、楽しんでやっていこうと思う。

その後、メメットさんの大学院のセミナーに出席。学生が発表していた。なんだか、ピアノの即興のような無調やクラスターの曲を、録音で聞いてディスカッション。これ、譜面はどうなってるのだろう、と思って質問すると、図形楽譜だった。「では、続いて、日本からスペシャルゲスト、作曲家のマコトさんです。」と紹介され、まさか、紹介されるだけじゃすまないよな、と思ったら、「では、マコトさんの作品について、説明をお願いします。」と委ねられる。せっかくなので、青森で制作した8m×40mの「音楽畑」と、インスタレーション「根楽」について、説明をした。また、鍵ハモソロ曲「Bisa Apa Saja」を演奏。そして、色々な質問を受ける。記譜の話になり「Notations 21」の話もした。ストラクチャーに関する質問も受けたので、その返答の一つとして「手拍子のロンド」を説明し、実際に大学院生達と演奏してみた。また、作曲家がコントロールする部分と、コントロールできない部分の両面が、音楽をより複雑に美しくするので、コントロールしない部分をどうやってオーガナイズするかも、作曲家の仕事である、ということも説明した。また、金沢であいのてさんが子ども達と行ったレコーディングの話もした。授業の最後に、メメットさんが総括をしてくれて、さあ終わりと思ったら、「では、最後にお祈りを」と言うと、みんなで黙想が始まる。大学院の作曲の授業の最後は、お祈りなんだ。

その後、大学院のディレクターで、音楽心理学者で、子ども創造音楽祭の仕掛人のジョハンさんの部屋を訪ねる。今回、ビザを取得するにあたって、招聘状なども書いていただいたので、ご挨拶。インドネシアの教育カリキュラムの話もする。なんでも、2006年に、インドネシアの伝統音楽と、創造性を主軸に、抜本的な改革を行ったカリキュラムが、この2013年に、突如、西洋音楽中心の教育に揺り戻さるらしいのだ。しかも、インドネシア政府は、256,000,000,000,000ルピア(日本円で、約2兆5600億円)を、年間の教育予算に充て、これは、国家予算の20%、従来のインドネシアの教育予算(約500億円)の50倍だというのだ。なんて、極端な。小学校で、徹底してインドネシアの音楽、文化を教える伝統に重きを置いたカリキュラムから一転し、多大な予算を割いて、インターナショナルスクールのようなカリキュラムを始める。インドネシアという国の独自の文化を育てることで、国際社会の中で成功していこうとする戦略から、グローバルスタンダードに適応し、国際的に活動できる人材を育成しようとする目論見。しかし、前者が成立なしに、後者のみ育成しても、未来はないはずだ。ジョハンさんは苛立ち、来年の総選挙の動向によって、また、次なる展開を探っているようであった。そして、そんな雑談の後に、「今度の日曜日、こども創造音楽祭のためのワークショップやってもらえる?」と依頼を受ける。お世話になっておりますし、何でもやりますよ。sama samaです。その代わり、ジョハンさんは、ぼくの企画書に目を通し、インタビューをすると良いと思われるアーティストの連絡先を教えてくれた。

午前中だけで濃厚なので、午後は、少し一人で、昨日のインタビューを起こしていく。人に会って、話し続けると、疲れる。まして、外国語だ。インタビューの文字起こしは、自分が喋らなくていいのがいい。今朝は、ずっと喋っていた。そして、ハリアントさんのインタビューの文字起こしが完了。その後、こちらの同居人の方々やその恋人などと会話をして、和む。

その後、ギギー君がやってきた。「5月24日に『トゥンビ音楽祭』に出演して欲しい、って話になってるんだけど、演奏時間は25分。どう?」。あ、出た出た。インドネシアのスピード感。あっと言う間に、決まっていく。もちろん、喜んでOKする。ギギーに、ハリアントさんのインタビューを見せる。ハリアントさんの意見に同感と言いながら、カリマンタンのSapeqという3弦楽器の話になる。調弦が、日本の三味線の二上りになっている。カリマンタンの音楽の特徴を、ギギーが説明してくれる。

さて、ギギーが、昨日古本屋に入ったら、1985年にMochtar Lubisが書いた「Transformasi Budaya untuk Masa Depan (未来への文化の変容)」という本を見つけたそうだ。途中に、原発の矛盾、人間のためのテクノロジーの利用などのチャプターもある。チェルノブイリ事故の直前に、インドネシアでこのような本が出版されていたのだ。ギギーは、既に読み終えたから、と貸してくれる。そして、かつては、森林の木を切り倒す時に、お祈りをしてから切っていた。今は大企業が、そういう手続きを省略し、機械的に大量に伐採をする。そんな話をしながら、今日の話は、一気に深みに入ってくる。Musik Tradisi Baru(新しい伝統音楽)は、Hidup Tradisi Baru(新しい伝統的な生活)の上に成立する、というのが、前回、ぼくとギギー君が導き出した見解だった。そして、お祈りと断食の話になった。

ギギー君はジャワ人だが、クリスチャンだ。ぼくは、断食はイスラム教のもので、キリスト教徒は断食をしないと思っていた。ところが、ジャワのキリスト教徒は断食する、というのだ。例えば、彼は大学の卒業試験で、オーケストラ曲を作曲し、自ら指揮をした。実は、彼は、この本番に向けて、1週間の断食をした、という。断食と言っても、早朝に、朝ご飯を食べ、日没後は、夕飯は食べる。しかし、昼間には一切食べない。そして、ギギー君によれば、断食とは健康のためでも、宗教のためでもなく、自らの感性を研ぎすますためにするのだ、と言う。断食をすることで、通常よりも感覚が研ぎすまされる。また、断食することのもう一つの意義は、食の快楽での誘惑を断ち切り、自分の仕事(彼の場合は音楽)に、集中することにある、というのだ。だから、「Hidup Tradisi Baru(新しい伝統的な生活)」の観点から考えると、断食とは、単に食を断つことではなく、欲望を断つことでもある。例えば、1週間断食をするというのと、1週間インターネットを断つというのは、似ている。インプットは必要なのだが、時には、インプットを制限することで、感受性の性能を向上させることができる。そして、断食とは禁欲的なのではない。快楽も飽和してしまうと、感性が鈍り、快楽でなくなってしまう。そうではなく、一時的に快楽を制限することによって、より有効に快楽を楽しむための技術なのだ。

確かに、ぼく自身、コンサートの直前に、食事を抜くことがある。例えば、ピアノを演奏するのに、指のタッチの精度をあげたい時、食事を抜く。食べるのと食べないのでは、指の重さが、大きく変わる。食事をすると、感覚が鈍ってしまうのだ。また、最近では、白砂糖を使ったケーキなどを食べた直後はテンションがあがるが、しばらくすると、やや気分が落ち込みやすいことを、経験的に理解し、自分の心のコンディションと食の関係について、自覚的になりつつあった。しかし、感受性の向上のために、断食をする、という発想はなかった。そうか、感性を高めるために、断食をするのか。

ジャワ人には、月曜日と木曜日に断食する、という伝統もあるらしく、これをposo senin kemisというらしい。日本では、感受性を高めるために、どんな伝統があるのか、と聞かれて、最近、我々夫婦ではまっているお灸の話をした。お灸は、体の不調を治すための治療法ではあるが、あれは、血行をよくするだけではなく、多分、自分の身体の状態を敏感に感じる訓練でもあるように思うのだ。体のある一ケ所に気持ちを集中することで、身体の眠っている感性が蘇ったりするし、煙がゆっくりあがっていくのを眺めているだけでも、とても良いリラックス状態にもなる。

「西洋人からしたら、非科学的と言われるかもしれないけど、ぼくは、こうした力を信じている」とギギー君。ぼくの人生で度々起こる説明がつかないような偶然みたいな必然は、ジャワでもいっぱいある、と共感してくれる。ギギー君は、「復興ダンゴのYouTubeの映像で、砂連尾さんがお年寄りの動きを真似していた。あれも、感受性のトレーニングだよね。」と言っていた。日本語ばかりの予告編映像だけを見て、ギギー君は、これだけ多くを読み取っているのか。

じゃあ、今日は何をする?ぼくらは、ゴングの音を一音だけ鳴らし、その音に耳を傾け、そのまま黙想し、自分の集中力が高まって、最初の一音が鳴らしたくなったら演奏を始めることにした。長い長い沈黙の後の鍵ハモデュオ。また、一歩深く、ジャワ人の知恵に触れることができた。

寝る前に、メメットさんからメール。「明日、学部の作曲の学生の授業に来てもらうことできる?」、明日は予定を入れないつもりだったけど、明日も講義をするとしよう。