野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

何もしない勇気を持つ ジョン・ケージの教え

6月中旬より、国際芸術センター青森にて、滞在制作をしております。40m×8mの5線の畑を作って、野菜が音符になるように、作曲中です。今朝もレタスを大量に収穫し、食卓には自分達が育てた無農薬の野菜がいっぱいで、なんて豊かなのだろうと、感激しております。

2ヶ月半の間に、野菜達は大いに成長し、楽譜は予想以上の変貌を遂げました。いよいよ、9月8日には、「畑の音楽会」と題して、この畑で行われる最初で最後の演奏会を行います。それは、筒井中学校吹奏楽部+青森公立大学吹奏楽サークルの合同で、約40名で演奏されます。

今日は、筒井中学校に練習に行ってきました。畑で野菜を音符に見立てて演奏する、という説明を聞いて、もちろん中学生達は、キョトンとしておりましたが、それでも、ぼくの説明に従って演奏していくうちに、徐々に要領を得て、有機的な音楽になっていきました。日々育ててきた野菜が、こうやって音になるのを聴いて、嬉しかった。畑でこの音と野菜達が遭遇したとき、野菜達はどんな顔をして聴いてくれるだろう?人間を観客にしたコンサートを企画しているわけですが、野菜達に聴いて欲しいし、森の木々や虫たちに、聴いて欲しいな、と思いました。最後に、野坂館長が中学生に向かって一言。

「ありがとう。既に畑の音楽になっていました。」

野村誠「根楽」 7月28日のデモ演奏の様子。


芸術センターの宿泊棟での夜は、森の中で真っ暗闇です。外を歩き、満点の星空を見ながら、延々と話しをする。流れ星が流れる。雲が流れて行く。虫の鳴き声。

世の中の歯車に巻き込まれるように、忙しく目先の用事をこなしていくことに違和感を覚えて、ぼくは、じっくり物を作れる環境を獲得できるようにしてきました。焦って、何かをしなければ、と空回りしないように、「立ち止まる」勇気と、休む勇気、さらには、敢えて仕事をしない勇気を持つ。明日は、コンサートです。明日のコンサートに向けて、練習をし、準備をし奔走することもできるのです。でも、そうではなく、ただただ、練習もせず、いわゆる準備もせず、風の声を聞くことこそ、本当の意味で明日のコンサートへの大切な準備になる、と直感で感じるから、ぼくは、勇気を持って、「何もしない」のです。そうして、「何もしない」中で話をしたり、星空を眺めていることの豊かさこそが、明日で生誕100年を迎えるジョン・ケージと真に対話しているなぁ、と感じられるのだから、不思議です。

ケージは、発信する面白さから、受信する面白さに、関心がうつった作曲家です。世界の片隅の何もないところにある美を体感するべく、耳を開き、心を開き、受信する。だから、焦って忙しく動いて、心を開くことを忘れるのではなく、ゆったり何もせずに心を開くと、震災後の世界が変わっていくプレリュードが、微弱な音で奏でられているのが聞こえてくるはずです。みんなで大声で発信して、その微弱な音が掻き消される時に、敢えて音を発せずに、沈黙し、微かなメッセージを受信できるかどうか。ぼく自身が、聴ける余裕を持っているかどうか?そのことこそ、今、一番忘れてはいけないことなのだ、と思うのです。その耳さえ持てば、世界は自然と変わっていくはずだ、とケージはぼくに語っているように思えます。