野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

この作曲家、変や!Gillian Whiteheadさんって、どんな曲?

1月21日(土)ジーベックホールで世界初演するRoss Careyから新曲などの曲目解説が送られてきましたので、簡単に訳しました。ロスの曲はかわいらしい小品で楽しみです。明日からはベルリンから一時帰国の駿田さんも加わってのリハーサルで、楽しみです。ところが、その中に、21日のコンサートでロスが演奏するニュージーランドの作曲家、Gillian Whiteheadさんの解説もありまして、これ読むと、一体どんな音楽なんだろう、と興味深くなってしまいました。早く曲を聞きたい。

「中央オタゴの風景 」 Gillian Whitehead
ニュージーランド南島のオタゴで、アーティスト・イン・レジデンスをしていた時に、この5つの描写的な音楽を書いた。

「消防サイレンと霜」
冬の半ばの風のない日に、庭の植物が霜で白くなっている時、消防のサイレンが谷の向こうから聴こえてくる。

「線の散歩」
渇いた草と飛び出た岩の景色を歩いている。木はない。暖かい岩とジャコウソウの臭いがする。(タイトルは、パウル・クレーがドローイングについて語った言葉からとった)

「ウズラのいる風景」
毎日、庭に住んでいる30羽のウズラにえさをやる。近くには、とら猫がいる‥。

「立ち上る霧の輪郭」
何日も川の上空に霧がかかることがある。そこを歩くと、ビルの形、岩の形、木の形と、常に変化していく。

「川の話」
うねうねと曲がりくねる大いなるクルタ川(あるいはマタアウ)は、深く、急流で、いろんな声をしている。

ヴィオラと3人の打楽器奏者の為のソナチネ」(2011)       Ross Carey
I March  II Cavatina  III Scherzo  IV Melody Alone  V Dance
ヴィオラと3人の打楽器奏者の為の「ソナチネ」は、野村誠近藤浩平の招きにより、このコンサートのために作曲した。全部で5楽章から成る。1、2、3、5は、4楽章から成るチェロ三重奏「3のためのメロディー」(2009年作曲)を下敷きに再構成し、4楽章の「Melody Alone」は、2011年12月31日に、ヴィオラ独奏のために作曲した。
I March. Andante 普通の拍子の軽快な行進曲。小さな太鼓とタンバリンとトライアングルで伴奏。
II Cavatina. Allegretto 中音域で歌のようなメロディーを奏でるヴィオラが、マラカス、タンバリン、そして後からトライアングルを伴う。
III Scherzo. Con moto – ピチカートのヴィオラがリズムの主題の輪郭を形取り、トライアングル、タンバリンにマラカスが伴奏する。
IV Melody Alone. Andante – 4度や6度の音程を多用したシンプルなメロディー でヴィオラが独奏する。3拍子と4拍子が交互に現れる。
V Dance. Vivo – ギロとマラカスとトライアングルを交えたリズミカルな舞曲。



こちらは、ロスのピアノ曲の解説。これも1月21日に演奏されます。

ハープまたはピアノのための「September Song」 (2000) Ross Carey
ニュージーランド、オタゴ大学にレジデント=コンポーザーとしていた2000年9月に作曲した小品。ハープ奏者のHelen Webbyに献呈し、彼女が同年10月に、カンタベリー大学で世界初演をした。
3拍子で、ゆるやかに白鍵を平行移動する9度の和音が穏やかな雰囲気を生み出す。後半では、両手が絡まり合うようにして前半とは違ったハーモニーを生み出す。静かでメランコリックな感じの曲。

ピアノのための「Meditation on B.A.C.H.」 (2000) Ross Carey
「Meditation on B.A.C.H.」は、オタゴ大学のレジデント=コンポーザーであった2000年の8月に作曲した曲。全音楽譜出版社がバッハ生誕250周年を記念して行ったピアノ小品の作曲賞に入選した作品。兄のピーターと、義妹のクリステンに献呈。「September Song」同様、この曲もピアノの白鍵だけを使っている。BACHという4音は、B=シ♭、A=ラ、C=ド、H=シで、半音階で黒鍵を使うので、これにアイロンをかけて伸ばして、シ、ラ、レ、ド、と白鍵だけで弾けるようにした。最初、このモチーフは低音で奏でられ、完全4度上でも同じメロディーが入れ子になって奏でられ、曲の中で他の音域や転調などして、様々な様相を呈する。そして、クライマックスでは、BACHの主題と同時に、だんだんピアノの最高音に向かって音階が上がっていき、冒頭の音形が静かに結論を語って終わる。初演は、2000年11月3日オタゴ大学のマラマホール。日本初演は、2001年10月30日に、東京のムジカーザで江村夏樹が行った。