野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

JFC作曲賞の譜面審査会

本日、日本作曲家協議会のオフィスにて、JFC作曲賞の譜面審査会がありました。審査委員長の三輪眞弘さんと、審査員の中川俊郎さんとぼくの3人で、審査にあたりました。今回の審査の画期的なことは、多数決なしで、点数をつけたりすることもなし。徹底的に3人の合意で、全てを決定していったことです。今回のJFC作曲賞の審査員3名は、これまでにあり得なかった審査員の組み合わせです。三輪さん、中川さんは、ユニークな作風ですが、現代音楽の作曲賞の受賞歴のある作曲家です。しかし、ぼくは、現代音楽の作曲賞を受賞したこともなければ、作曲家協議会の会員でもありません。そんなぼくを審査員に投入したのも、今までにない作曲賞の可能性を提示し、現代音楽の閉塞感を打ち破る起爆剤にしたい、という思いがあるのでは、と想像しますし、その意気込みに賛同し、心して審査に当たろうと決意してきました。

(参考映像:三輪眞弘+左近田展康によるフォルマント兄弟)


審査の内情は、もちろん公開することはできません。でも、ぼくらが本気だったということを感じて欲しく、その雰囲気を、以下に少しだけ紹介します。

応募作品は38作品あり、この中から6〜8作品程度を本選に残すことになっています。まず、3人が、それぞれ事前に10作品程度選んでくることになっていましたので、これを発表し合いました。ぼくが8作品、中川さんが11作品、三輪さんが14作品を選んでいました。少なくとも一人が選んだ作品が20作品あり、誰も選ばなかった作品が18作品ありました。


(参考映像:中川俊郎作品)

ここで、この18作品をあっさり落選にすることもできたのでしょうが、まず、これらの18作品について、本当に落選で良いのか、1作ずつ吟味しました。それぞれの作品について、興味がないの一言で済ませるのではなく、この作品のどこに興味があるのか、選ばなかった根拠は何かを、語り合いました。これは、本当に鑑賞力を問われます。時間をかけて十分譜面を読み込んできたつもりですが、そうやって議論している時に、改めて譜面を見直すと、また違った顔に見えてくるのです。こんな風にして、まず、18作品の落選に納得するまでに一時間以上の時間を費やしました。


(参考映像:野村誠バンドンにて、子どもとの即興を指揮)

その後、残りの20作品を一作ずつ検討していきました。これまた、3人の意見が合致したり、違ったりしながらのディスカッションでした。なるほど、そういう見方があるのか、確かにそういう部分は面白いと、他の二人の審査員の意見を聞いているうちに、興味が増した譜面もあります。それでも分からないことがあるので、添付資料や音源などが付いていれば、参照しました。もっと、みんな参考音源や添付資料をつけてくれればいいのに、と何度も言いましたが、意外と付いていないのです。既に確立された書法で作曲することを前提にしていれば譜面だけでも良いかもしれません。でも、新しい書法を探求しているならば、その発想のもとになったコンセプト、参考音源、など、参考にできるものを可能な限り参照したいのです。「もっと、みんな添付資料つけてよー」と何度も言い合いました。そんな感じの選考ですから、どんどん落とすというよりは、それぞれの作品の可能性や魅力について論じ合う場で、20作品を15作品まで減らすのに、さらに2時間近く費やしたような気がします。


(参考映像:三輪眞弘+左近田展康によるフォルマント兄弟)
15作品から本選に残す作品を選ぶのは、本当に大変な作業でした。でも、多数決で2人が推薦した作品を通す、というようなことはせずに、3人で納得いくまで話し合い、11作品に絞り込めた時点で、審査開始から4時間近くは経っていたと思います。

「いやぁ、こっちが勉強になりますねー。」
「これ、一体、どんな音か譜面見てどこまで分かる?」
「これ、本当に面白いのかなぁ?」
「普通で言ったら、こっちが手堅いんだけど、でも、こっちの方が冒険してるけど、音としてどうなんだろう?」


(参考映像:中川俊郎のCM音楽)

添付資料をどうしてつけないのか、と我々が言うのには、理由があります。現代音楽の聴衆は決して多くありません。譜面や音楽が全てで分かる人が分かれば良い、という態度を取る限り、趣味が近い人や作風が近い人はアクセスしやすいですが、そうでない人からは、よく分からない、難解と避けられてしまいます。譜面や音楽が良いというのは前提の上で、現代音楽のコミュニティにどっぷりつかっていない人間にもアクセスできる工夫をどれだけしているか、そうした問題意識も今回の作曲賞の重要な審査ポイントだったと思うのです。一般受けするポップな曲を作れと言っているのではありません。マニアックな音楽をマニアのためだけでない音楽としてプレゼンしていくことに、どれだけ自覚的であるか、ということが、現代音楽の未来につながると思うからです。これは、音大の作曲の試験ならば、教授だけに評価されれば高得点です。この作曲賞の立場は、それとは全く違います。
「この人は、作曲の生徒としては、本当にいい人だと思う。でも、、、」
「これが作曲のテストだったら、高得点だ。でも、、、」
「これが別のコンクールならば、この作品は入賞する。でも、、、」
審査の中で、我々は、そんな風に問いかけながら、現代音楽の未来について語り合っていたのです。


(参考映像:野村誠×北斎


譜面を見ながら語り合い、疑問点が出てくると、黙って真剣に集中して譜面を読んで、頭で音を鳴らしながら、細部を確認する。

「いやぁー、これ、前もって全部の譜面を見ておいて、良かったですよ。」

三輪眞弘音楽藝術 全思考 一九九八-二〇一〇

三輪眞弘音楽藝術 全思考 一九九八-二〇一〇


重箱の隅をつつくような審査ではなく、譜面の完璧さを求めるのではなく、あくまで譜面の魅力や現代音楽の未来につながる種を探す作業です。そうやって、本当に苦しみながら、7作品を選びました。


Cocoloni utao ナカガワトシオ ソングブック

Cocoloni utao ナカガワトシオ ソングブック



事務局の方から予算の関係で、7作品が限界という話が出ている中で、それでも、補欠の8作目の選定をして、予算がなんとかなれば、この作品まで演奏会に入れられないか、と粘る審査員でしたが、7作品でも予算的には厳しいとのことで、5時間の選考の末、7作品が決定されました。

応募してくれた方々、本当にこの賞に参加していただいて、ありがとうございます。落選した作品の中にも、本当に素晴らしい作品がありました。落選したから作品が悪いわけではありません。あくまで、今回の作曲賞の審査基準で落選しただけで、別の基準ならば、入賞しただろうと思います。皆さん、自分の道を信じて進んでいって下さい。それと同時に、11月11日のトッパンホールでの本選演奏会に、是非来て下さい。今までの作曲賞ではあり得ないような演奏会になります。