みんなのためのアートと一部の人のためのアートと二つ並べてみると、みんなのためのアートの方が、一見良さそうに思えます。
でも、みんなのためのアート、って、毒もなければ旨味もない、本当に薄っぺらいものになる、ということに、気づいた方がいいと思うのです。
多分、アートだけじゃなくって、他のこともそうだと思います。
もっとパーソナルに、自分の家族のために、とか、友だちのために、尊敬する〜〜さんのために、生きていくこと。そのことが、現代で不足しているからこそ、現代アートが取り組むべき一番の課題は、ココにあると思います。
ということで、取手アートプロジェクトで、我々ACDが取り組むのは、みんなのためのアートでは、ありません。もっと、ある特定の個人に向けた表現です。
そうした個人的な表現を、オープンにしていく、公開していくことこそ重要です。みんなのためではない。でも、みんなに開かれている。
みんなのためをやっている方々へ
もうやめましょう