野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

ライオンは礼儀正しい

横浜動物園ズーラシアで、一泊二日の動物との音楽の作曲。撮影は野村幸弘さん。
今回作った作品は、10月21日〜12月18日まで横浜トリエンナーレの会場で毎日上映される予定。
まず、受付を通り、動物課へ。それから飼育係の人がいる事務所へ。同じ建物の仮眠室(今夜はここに宿泊)に荷物を置き、まずはシシオザルに会う。シシオザルは鍵ハモの音には警戒心を示したが、前もって飼育係の人が貝殻を使って遊んでいてくれたので、貝殻でのセッションになった。前足や後ろ足に貝殻を持って、移動する時にカチカチと音が出たり、時々こすったり。沈黙の多い静かなやりとりの音楽。
ぼくが一番密に関わったシシオザルは、昔病気をした時に診察のために毎日捕まえられていたので、随分人間不信で攻撃的な面があるらしく、意外な反応だったらしい。こちらは、そんなこと知らないので、先入観なくたまたま関わったのが良かったらしい。
それから、別のアジアのサルたち、ダスキールトン、ドゥクランクール、フランソワルトンともセッション。興味を持ってくれるし、でもあまり距離が近いと逃げていくし、檻が格子状に写ってしまうので、カメラが檻の近くまで寄っていくと逃げてしまうし、映像化は難しかったかも。ドゥクランクールの声とのセッションは面白かった。声が入る隙間を作るために、ぼくの演奏も休符が多くなる。動物と音楽をやってみると、人間のやっている音楽って、音量も大きいし、密度もいっぱいだなぁ、と思う。もっと、すかすかでもいいのに。動物と音楽をすることで、ぼくの音楽観も大きく変わっていく気がする。
昼休みが終わると、1時から飼育係の会議がある。職員室で普通に弁当を食べているうちに、会議が始まった。と言っても、簡単な連絡事項を確認するような会で、数分で終わってしまった。飼育係は朝はそれぞれの動物にエサをやったりで、全員で集れる時間は昼休み後のこの時間だけらしい。あとは、大概の連絡はトランシーバーでやりとりする。「306号から204号へ、サル舎の〜〜が〜〜です。どうぞ。」「204号です。了解」というようなやりとりが行われているが、部外者には意味不明の暗号。
昼食後は、まずゾウ。何でも、坂本龍一が以前ズーラシアに来たことがあるらしい。彼はゾウを癒す音楽を作ったらしいのだが、コラボレートする気はなかったのか、癒すなのかぁ、と思った。で、ゾウはあまり気に入っていなかったらしい。
飼育係の人曰く、ゾウは鍵ハモの音色が多分好きだろう、高い音が好き。そこで、鍵ハモで高い音を適当に吹いてみた。すると、ゾウは背中を見せて、どんどん歩き去っていく。あらら、ダメだ。何気なく高い音じゃなくって、ゾウが気にかかりそうな演奏をしよう。そう思って、鍵ハモを吹いた。かなり印象的なフレーズを作って吹いた。すると、ゾウは、くるっと回転して、こちらに真直ぐ寄ってきた。喜んで、鼻を高々と持ち上げたり。ゾウの表情が本当に笑顔でよかった。見ていて、こっちが嬉しくなるような顔。暑いので、砂を背中にかけるらしい。少しでも直射日光を避けるため。40分ほど続けて、ぼくが日陰に避難したら、しばらくして、ゾウも立ち去って行って、日陰に入っていった。音楽やらないなら、日陰で休むか、といった感じ。
オランウータンは、すごい風格のある名役者という感じ。動かないでいる姿が絵になる。こちらが気になるのに、敢えて視線をそらす。
ホッキョクグマは、ずっと水泳をしていた。同じところを往復運動。最初は演奏を気にせず、途中で、こちらを意識してもらおうと、意識的に演奏したら、さすがに気になったみたいで、水泳を止めて立ち止まってしばらく聞いて、でも、また泳ぎ始めた。この、ちょっとだけ聞いてくれた時間がかけがいのない時だった。
ライオンが礼儀正しかった。最初、こちらも探っている演奏をしているうちは、そうでもなかったが、ライオンに聞かせようと意識して吹き始めた途端、一頭が最前列まで来て、しゃがんで聞き始めた。微動だにせず、ずっと聞いている。そのうち、後方にも、もう一頭、はるか彼方にまた一頭。結局最後には、4頭のライオンすべてが顔をこちらに向けて、聞いていた。幸弘さん曰く「クラシック音楽の観客みたい」。ライオンのイメージが変わった。
夜は飼育係の人たちと蕎麦を食べに行った。アリクイ担当の人は、野生動物医学会でアリクイのだ液について発表したりするらしい。「動物と人間の関係学会」というのもあるらしいので、そんなところで「動物との音楽」について、いつか発表してもいいのかも。皆さん、アフリカとかに行って、キリンとか見に行っている。「飼育係っていうのは、自分の担当の動物の野生の姿を見たいものなんですよ。」とのこと。動物園でもできるだけ野生に近い環境を作りたい、とのこと。これって、学校の先生からは聞いたことのない発言だ。「野生の子どもの姿を見て、学校もできるだけ野生の姿にしたい」なんて、学校の先生は言わないから、同じ「育」でも、飼育と教育の大きな違いだな、と思った。
という一日をコーディネートしてくれたズーラシアの長倉さん、横浜トリエンナーレ事務局の村田さんも仮眠室に宿泊。
飼育係の人は、みんなお風呂に入って普段着に着替えてから帰るので、ここには大きなお風呂とたくさんのロッカー、洗濯機などがある。お風呂場には、各飼育係の人の名前が書いてあるシャンプーが置いてある。楽しく刺激的な一日でした。