野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

お年寄りと雑曲

徳島県立近代美術館のウェブにワークショップのことがアップされたみたいです。

http://www.art.comet.go.jp/text/collection/ongaku2.htm

世田谷美術館の企画で、老人ホーム(デイサービス)に行く。林加奈ちゃん、世田谷美術館の塚田さん、勅使河原さんと。

6月に杉並区でARDAの企画で老人ホームに行ったときの感想は「お年寄りは包容力がある」、「こちらに合わせてくれる」だった。今日も、そうだった。カナちゃんが色んな奇声を発すれば、「すごい声ねぇ」、「すごいわね」と感心してくれるし、何をやっても好意的にコメントして関わりを持とうとしてくれる。ただ、なかには、ずっと文句ばっかり言っているお年寄りもいて、この人は終始不平を言い続けるのが好きみたいだが、「そんなの嫌とか、できない」と言いながら、自分がやる段になったら喜んでいたりして面白い。とにかく、お年寄りにフォローされ続けた感じ。

雑音楽を雑曲しよう、などと言うと、そんなのできないわ、と戸惑う。例によって、ぼくはこの戸惑った空気のままでも全然平気なのだけれど、施設職員さんたちは居心地が悪いのか、フォローし始めて「雑音楽だから、こんな風に雑音を出してもいいかも」と柄杓(ひしゃく)にお手玉を入れたのをお年寄りに手渡す。すると、お年寄りが柄杓を動かす様子がまるでフライパンをひっくり返す感じ。「これは、玉子焼きをひっくり返す動き。でも、音は玉子焼きの音じゃないわ」と。そうこうしているうちに、ボウルやタンバリンも使って、お手玉をキャッチボールするような遊びになった。これが今日の雑曲の一つ目。

続いて、碁石を使った雑曲。ギターのフレットって碁盤の目みたい、と思って、その上に碁石を並べていったら、お年寄りの方から「斜めにすればいいのよ」と提案があって、斜めのギターの弦の上を碁石がすべり、その滑った下にボウルやタンバリンを置いておくというパチンコみたいな感じの雑音楽になった。落ちた碁石を拾おうと、お年寄りが何度も立ち上がるたびに、ヘルパーさんがそれを制して座らせる。立ち上がると、万一転倒して骨折されるとまずいので、立たせないようにするか、立つときは横につくらしい。でも、訓練でも何でもないのに、何度も何度も自ら立ち上がって(このわけわからん)雑音楽に積極的に参加してくれるお年寄りの没入ぶりが嬉しい。碁石が転がる音が微かなので、ヘルパーさんが「皆さんが眠いので、もっと派手にやらないと」と言うので、逆に「子守唄みたいにしましょうか」と提案。でも、子どもでなくお年寄りを眠らせる音楽は、子守歌ではなく何と呼ぶのだろう?そこで、ぼくはピアノを弾き始めた。カナちゃんは碁石ギターをやっている。そのピアノでずっと演奏していたら、お年寄りがぼくに「もう少し小さい音」と手で合図を送ってきた。これは指揮者だ。それに合わせて、ぼくが音量を小さくしたら、それに味をしめて、もっと大きくとか、小さくとか、何度も合図を送ってきてくれた。完全にリーダーはお年寄りで、お年寄りの指示で、ぼくやカナちゃんやヘルパーさんたちが動くことになった。

というわけで、お年寄りに助けられて1時間で2曲の雑曲をした。お年寄りは、どんどん助けてくれるので、こちらは楽でした。

ところで、この老人ホームには、認知症(痴呆)の人の部屋と、そうでない人の部屋が分けられていた。昨日の中学で聞いた話だと、国語や算数の授業は、現在、能力別で、できる子のクラス、できない子のクラスと分けてやっているらしい。世の中の方向は、雑ではなく、人を能力別に分けて扱う方向に向かっているらしい。もっと雑の方がいい。

世田谷美術館で会場下見。すごく響く空間で、大きな窓が印象的。ここを背景に演奏したらよさそうなので、その方針で。

犬のための音楽会は、美術館前の広場。今日も犬の散歩をしている人20人くらいにチラシを渡した、とのこと。明日の本番、犬は何匹来るのだろう?

ということで、世田谷美術館でのP-ブロッ雑音楽の世界は、明日11日の15時〜、世田谷美術館で行われます。

ちなみに、2台ピアノのための「パニック青二才」の音源が大井浩明くんのブログにアップロードされているらしいので、そこで聞けるみたいです。