野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

どうしようもない


青梅市第7小学校で、5、6年生の特別授業。ぼく+2名のアーティスト(倉品淳子さん、石川泰さん)での3回目、ラストだ。ラストらしい快心の90分だった。

まず、石川さんが持参した楽器だが、ざっと見ただけで、サックス、ヴァイオリン、ギター、三味線、トランペット、クラリネット、民族系のリードの笛、それに皮のタイコがあった。で、倉品さんは音楽室でストレッチをするし、石川さんはサックスやトランペットを吹く、ぼくはピアノで応じる。そのうち授業時間になり、子どもたちが入室し、床座りしていく。

倉品さんに自己紹介代わりに演劇を見せてもらおう、と言うと、いきなり、来週本番がある「今昔物語」の自分のセリフだけを一場面だけ演じ始める。あまりの脈絡のなさで突撃してくる倉品さんに、反応の仕方が分からず呆然とする子どもたち。それが印象的なスタートだった。

その後、今日のコンセプトを説明する。
「ぼくたち3人は、普段一緒に仕事をしているわけではありません。一人ずつで活動しているネタはあるけど、3人一緒のネタはないし、今日何をするかは、全く決めずに来ました。だから、一人ですることではなく、3人集まらないとしないことを、みんなから意見もらったり参加してもらったりして、やってみたい。」
というような説明をしてから、
「じゃあ、どうしよう?」
と子どもに問いかけたら、返って来たのが、
「どうしようもない!」
だった。そこで、「どうしようもない」を考えることにした。そもそも作曲家が、
「すみませんが、どうしようもない曲を作っていただけませんか?」
なんて依頼を受けることはないだろう。「どうしようもない音楽」ってどうやればいいのか?考えると難しい。そこで、見た目から、石川さんのメガネがずれ落ちて、服装もチグハグで、ヴァイオリンの持ち方が間違っていて、、、。ぼくも、服が半分脱げているような、スリッパ片側だけ、靴下半分脱げている、そんな格好になった。
「楽器はどう持てばいいの?」
と子どもに問いかけると、
「鼻で吹けば、どうしようもない」
と返答。鍵盤ハーモニカの歌口を鼻で吹こうと思うが、鼻ではホースをくわえられないので、どうしようもない。ぶら下がっているホースの下に鼻を持っていって何とか音を出そうとするが、どうしようもない。時々、成功して音が出せたり、、、。倉品さんが足でドラムスティックを持って、ドラムを演奏したり、佐藤南先生がチンパンジーになって楽器を演奏したり。苦心の末、「どうしようもない音楽」が完成した。
「授業中に工作してたら、どうしようもないよな。」
と呟いた男の子は、時々、授業中に図工室に抜け出して工作したりするユニークな子で、自分のことをしみじみと振り返っていたらしい。どうしようもないのも、いいことだ。

続いて、何をしたらいいかを尋ねたら、
「どうしようもある」
と新たなテーマをもらった。「どうしようもない」があって、「普通」があって、「どうしようもある」があるわけだから、「どうしようもない」の対極をやることになった。ぴしっ、ときめるつもりが、
「シャツ出てちゃダメだよ。」
とか、
「服から糸が出てる」
とか、子ども達の厳しい突っ込みをクリアし、なんとか「どうしようもある」をやる。倉品さんが、「どうしようもある」身体で、「どうしようもない」気持ちの演技に挑戦したのが、最高だった。

その後も、いろいろ即興でやった。心理学者が出て来てコメントしたり、石川さんがゴリラになってしまったり、ぼくもマッチョになって、腕立て伏せやスクワットもやったし、倉品さんの狂言も出たし、持てるものを総動員した90分だった。

前々回の4年生が、総合の時間にやっている表現の幅が急に広がってびっくりだ、とか、前回の1年生が翌日「タンバリバリバリ」の歌を遠足?(散歩?)の時に突然みんなで大合唱してくれたり、という報告も嬉しかった。また、佐藤南さんは、本当に珍しく先生が天職の人だと思う。教師という仕事が合っているし、楽しんでいる。

それから、池袋で潤さん、沢田さんと会う。沢田さんは民衆社の社長さん。今つくっている音あそびの本の件。ずっと、打ち合わせ。沢田さんは、どうやったら本が売れるのか、を一生懸命考えている。いい本だって、書店に並ばなければ売れないし、書店に並んでも、読者が手にとってくれなければ、売れない。どうやったら手にとってもらえるか?どんな表紙か、どんなタイトルか?どんなイラストだったら、本の中身に興味を持ってもらえるだろう?かと言って、カラーや多色刷りにするとコストが上がるから無理だし、デザイナーやイラストレーターにお金をかけることもコストが嵩んでしまう。どうやってやりくりするかを、一緒に考える。沢田さんは、過去に売れた本の経験上、ぼくは京都女子大学の学生たちの反応から推察して、本のカラーを考えていく。考えたからって、その通り本が売れるかどうかは、作ってみないと分からない。だから出版社はリスクを負うけれども、本を作っていき、書店に並ぶように頑張る。著者は、自分達の持てる能力を動員して、少しでも読者に関心を持ってもらえるような、面白く、内容のある原稿を、伝わりやすい方法で書くように努力する。本の大まかなページ割の構想、今後の出版までの日程、細かいお金関係の確認などをして、納得する。

潤さんは用事で帰って、その後も、場所を移して、夕食をしながら、話す。すると、沢田さんが、
「書店行って本見ながら話します?」
と言って、本屋の保育所コーナーに行く。ポプラ社の300ページあって1000円の手遊び本を、悔しそうに、
「このボリュームでこの値段の本なんて」
と沢田さん。別の出版社のカラー刷りがありながら、1200円の本を見ても、本当に悔しそうに、
「この会社、今まで保育の本なんて出してなかったんだよな。」
とか。
「これ、うちの本で、結構売れてます。」
「この本は、あんまし売れなかった。イラストが黒っぽくってダメだった。」
とかとか、別の出版社の本も、これは売れた、これは売れてない、などと教えてくれる。どうして売れるのか、どうして売れないのか?なるほど。

でも、ぼくに課せられた仕事は、ただ売れる本を作ることではない。内容のある本を作り、しかもそれがどうすれば売れるかを考えることだ。
「このイラストレーターは売れています。」
とかなんとか、二人で本屋で立ち読みしながら、そんな会話を続けて、どんな本にすればいいかのイメージがかなり固まった。


それから数時間後、沢田さんから電話。
「あの後、原稿全部読んだんだけど、野村さんが東京にいるうちに、思ったことすぐに伝えといた方がいいと思って」
と言って、
「この本、実際に保育園で園児と実践したっていう部分が凄い強みだし、林さんのイラストも変に商業主義に走らなくっても、あったかい感じで描けばいいような気がするんだよ。」
「この本は内容があるから、もし初動が遅かったとしても、もちろん最初から売れた方がいいから売れるように頑張るけど、口コミでじわっと広がって、時間をかけて売れていく本になると思うんだよ。だって、色んな本から集めてきてまとめただけの遊びの本がいっぱいある中で、この本は、全部オリジナルに考えて、しかも幼児と実践してるわけでしょ。こんな本、ないもん!」

今日は、ハイテンションに駆け抜けた一日で、アコーディオンの譜面を1小節も進めることができなかった。