野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

金曜の夜の展覧会はしご

香港での生活も2週間目に突入したので、朝食は、根菜の味噌汁に。日本から持参の八丁味噌を解禁。1週間ぶりの味噌汁がしみる。

午前中は、8月28日の北口大輔チェロリサイタルのために、「ミワモキホ」の編曲作業をしようと編曲し始めるが、間もなく、来週のスケジュールの打ち合わせがしたいと言われ、ベリーニと打ち合わせ。

と思ってi-dArtオフィスに行くと、メキシカにつかまり、隣の部屋に会わせたいアーティストがいるから、と連れて行かれ、ヴィッキーを紹介された。ここで、アーティストという言葉で表現される場合は、ほぼi-dArtの3年間のアートコースの卒業生を指す。施設の住民一般は、サービス・ユーザーという言葉で表現される。施設内で行われる絵画教室などで絵を描いている人のことを、アーティストとは呼ばれない。逆に、アートコースのワークショップのファシリテーターをしているアーティストは、ティーチャーと表現されることが多い。

とても大きな声で挨拶をするヴィッキーは、やはりi-dArtのアートコースの卒業生だった。彼女が自分の作品を見せたいと言うので、メキシカに連れら別室へ。そこには、キャンバスやパネルに描かれた大量の絵画が保管されていた。販売や展示を考えると、パネルに描いた方がいいのだろうが、コスト削減や保管場所の確保のためにも、紙に描くことも必要になるだろう。もし、ぼくの作曲した曲の楽譜がパネルだったら、倉庫をいくつも借りなければいけなくなるが、幸い楽譜が紙である。

ヴィッキーの最新作は、延々とテレビの画面を模写しているシリーズ。ニュース番組のオープニングの画面が、アクリル絵画に変換される。テレビの模写以前の動物などを描いた具象絵画の方が、様々な想像力が働き、ぼくは興味があるが、ヴィッキーの今の興味は、もっぱらテレビだ。

ヴィッキーの作品鑑賞が終わって後、ベリーニと打ち合わせ。来週も毎日、盛り沢山。打ち合わせ後、ベリーニはメーリンと打ち合わせに出かけ、ぼくは事務所でイェンとお喋り。ぼくがベリーニと歩いた場所を地図上で確認。来週、香港理工大學に行くのにどのバスに乗ったらいいかも教えてもらった。メキシカは常にハイテンションで喋るし、ベリーニもテンション高いが、イェンは常に穏やか。

部屋に戻り、9月4日の「中川賢一+野村誠の2台ピアノコンサート@両国門天ホール」のフライヤーの文章を作文。ランチにしようと事務所に行くが、「おお、マコトさん、こっちこっち」とテンション高いメキシカにつかまり、書道教室の先生に紹介され、そのままの勢いで書道体験。漢字とひらがなが混じった日本語の書にする。

ちなみに、「マコト」と発音するのに、彼らはイントネーションが大切で、イントネーションを決まらないと困る。だから、香港に来て最初に自己紹介した時の「マコト」のイントネーションが定着した。ぼくの滞在中に、日本から友人が遊びに来て、違うイントネーションで、「マコト」と発音しても、香港人は理解できないかもしれない。

さあ、ランチと思い、事務所に戻る。すると、メキシカが、「マコトさん、今、凄いサーカスが来てて、それが、本当にワオなのよ!」とハイテンションで興奮して説明し始める。ベリーニが、メキシカの話は大袈裟だから、70%で聞いておけばいいよ、と言い、一同爆笑。日本語で話半分という表現があるが、メキシカは、常にドラマチックなのだ。

興奮するメキシカの横で、冷静で穏やかなイェンが、「ランチに行きましょう」と、ぼくを連れて、さっさとランチに。屋上広場でランチを食べていると、ベリーニやメキシカも合流。そして、メキシカがスマートフォンでサーカスの動画を見せ、そのサーカスがいかにWowなのかを、語り続ける。サーカスの動画は面白いのだが、それを説明しているメキシカの興奮ぶりが何倍も面白い。

一階で販売中のi-Bakeryの手作りパンを購入後、売店に入る。エンジェルが、「マコトさん」とぼくの名前を覚えていてくれ、嬉しい。ここで、用事がなくても過ごすと、広東語を教えてもらったり、雑談ができるので、つい寄ってしまう。フルーツジュースを一個だけ買う。

娯楽室では、中国絵画のボランティアの女性3人が、書画の指導をしていた。i-dArtが行っている講座とは別に、施設内で様々な活動がある。

事務所では、メキシカがベリーニにマッサージをしていて、ベリーニが悲鳴をあげていた。二人の組み合わせは、常にコントのようになる。

ロンドンのエンリコの紹介で、ルカに会うことになった。ルカは5時に「Para Site 藝術空間」で会おう、と連絡してきたので、電車に乗って出かけるが、地図で調べた場所に行っても、現代美術のギャラリーがありそうなビルが見当たらない。まさか、ここが、と思われる古いビルの汚れたエレベーターで22階まで昇ると、そこには、非常にお洒落で広大なギャラリーがあった。昨日、ベリーニに連れてってもらったお洒落なセレクト書店も、薄汚れたビルの14階にあった。香港では、外見だけでふらっと良さげだから入る、というのが、難しい。なぜならば、何の看板もなく、高層ビルの中に、みんな隠れているからだ。

展示は、10人以上の作家の作品があり、ベトナムだったり、タイとミャンマーの国境や、様々な題材のもの、ドキュメンタリータッチのものも多く、雨傘運動のデモを題材にして、傘のパッチワークの作品などもある。質の高い展覧会ではあるが、現代美術のワールド・スタンダードに合った作品群で、既視感があり、未知の物を見た驚きはない。現代美術のマーケットで流通にのるもの、ある意味、香港らしい。

ルカはイタリア人らしく、しっかり1時間遅れてやって来た。香港在住2年。英語も上手。美術系出身だが、MAX/MSPで音楽をやり、グラフィック・デザイナーとして生計を立てている。ルカと話すことで、初めて、香港人以外の人と、香港について語る場が与えられた。笑いながら、様々な会話の途中途中で、香港評が入る。要約すれば、こうなる。イタリアや日本と違って、美しいものを大切にしないんだ、ここの国はビジネスなんだ、効率優先なんだ、あまりにも実利を優先し過ぎる結果、こんなに醜い国になったんだ、経済を優先すると、こうなるんだ。でも、2年も住んでいるんだから、きっと香港が好きなんだろう。香港で一番美味しいものは、日本のものだ、と言って、セブンイレブンで日本のスナックを購入するルカ。

その後、電車で移動し、ルカが最近知り合った劇作家/俳優/演出家のトゥリーと合流。彼女は、今、自閉症を題材にした劇を書いていて、来年上演されると言う。次に着いた画廊は、Peter Yuill個展「the Absurdity of Meaning」で、円を微妙にずらして重ねて描き、様々な模様を生じさせるドローイングの展覧会。展示を見るよりも、そこに集まってビールを飲み語る人の多さに、バブル期の東京の画廊に来たのではないか、と感じる。巨大なエレベーターの中にもインスタレーションがあり、エレベーターの時刻表があり、20分に1回くらい動き、2階の展示も見に行ける。エレベーターの中で展示を見るのも面白い。2階には、インタラクティブな作品が多く、実際に体験するには、並ばないといけない。しかし、エレベーターで一度に上がれる人数が限られているので、数人の列で体験できる。うまく工夫されている。

その後、夕食。トゥリーがダンサーの友人ディックを呼んで、4人で食事。高層ビルと高層ビルの間の野外に無造作に並べられた机とイス。奇麗な屋内でエアコンがかかって高いだけのところには行きたくないと主張するルカは、香港のいいとこと、悪いところを、愛を持って口にする。ある意味、批評的なところも、エンリコと似てるなぁ。3人とも「瓦の音楽」の話と、今のぼくのレジデンスの状況について、大変興味を示して聞いてくれた。時計が24時を回ってから、帰る。終電は1時過ぎまであるらしく、12時半など、まだ宵の口、通常モードで電車が動いていた。