野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

チェンマイ2日目

朝からチェンマイ大学へ行く。原っぱで、伝統的なセレモニーをやっている。霊を降ろし、若者の芸が伸びるようにという儀式らしい。ブタの顔、様々なフルーツなど、華々しいお供え。長崎でランタン祭の時に見る中国の祭のお供えにも似ている。タイ北部は、中国に近くなるので、日本にも近くなる。タイの民族楽器で、例によってチャルメラみたいなタイのオーボエと、ラナートという木琴と、ゴングが円状に並んでいるタイのボナンと、手で叩く太鼓、それにフィンガーシンバルと、吊り下げるゴング、という編成。胡弓はない。アナンによると、編成は同じでも、北部の伝統音楽で、全然違うスタイルらしいし、よく聞くと同じ7音音階でも、音階は微妙に違う。女装する男性の踊りが多い。トランスジェンダーの舞踊が、大学主催の伝統儀式の中にしっかり組み込まれていて、オープンでいいな、と思ったが、日本の歌舞伎もそうか。

今日は、暦で特別な日なのか、チェンマイだけで、このトランスの儀式を、4ケ所でやっているらしい。ここが一番大掛かりらしく、ダンサーだけで、40〜50人は出てきた気がする。主催しているチェンマイ大学の先生は、アナンの友達。タイの踊りだけでなく、バリ、スリランカミャンマー、アフガンの踊りもする。多分、神様を降ろした後に、自分達が学んでいる踊りを見せるのだ。これらの踊りは、タイの伝統楽器で演奏できないので、音楽は録音でスピーカーから流れる。

儀式が終わり、再びタイの伝統音楽が鳴り響く。一曲終わるのだが、メドレーのようになって、曲の終わりに木琴のソロが入り、木琴奏者が次にやる曲をほのめかし、そのまま次の曲へと続いていくので、途切れずに音楽が続く。祭壇の前に人々の列ができ、紐のようなものを受け取り、腕につける。腕につけた人々が、次第に盆踊りのように輪になって踊る。アジアの踊りは、手が上に上がる。気がつくと、伝統楽器なのに、音楽はポップスになっていて、徐々に片づけが進んでいる。ちゃんとした伝統音楽から、ポップスでよるパーティー音楽の境目がないところが、タイ。

昼ご飯を食べていると、演出家のコップが来る。彼女は、APIフェローとして、インドネシアや日本に調査に行ったこともある。来週にバンコク郊外のブラパ大学で稽古が始まり、16、17日に公演があるらしい。練習を見に行くことになりそうだ。そのまま、31世紀美術館へ行く。アーティストのカミンのスペース。彼は、金沢の21世紀美術館でプロジェクトをやって、31世紀美術館のアイディアを得たらしい。カミンは、アナンからぼくの説明を聞くと、「君にとっての音楽の定義は何なのか?それはユニバーサルなものなのか、パーソナルなものなのか」とか、「それを君はどうやって選択しているのか?」とか、言ってくる。「君は、音楽家というより、コンセプチュアルアーティストだ。」と言うが、どうもポジティブな意味で言っているらしいことが、だんだん分かってきた。コップは、「障害のある人を舞台で見せる時に、彼らを『障害者』という記号として見せるケースが多く、それには疑問だが、あなたのアプローチには共感する」と言う。チェンマイの人々は、いきなり核心的な話題に入る。アナンの教え子でもあるエイクによれば、チェンマイの人はバンコクの人よりもゆっくり話し、バンコクの人ほど直接的にはものを言わないが、非常に批評的である、という性質があるらしい。

約束の時間まで時間があるのか、突然、お寺に観光に行った後、チェンマイのラジオ番組のために、ストーリー・テリングとのコラボレーションを録音しに行く。ラジオ局に行くのかと思ったら、ウアンという人の家。そこで、アナンとクミコさんと即興。ウアンさんの家にチェロがあり、なぜかアナンはチェロを弾く。子どもの頃にチェロを習っていた、とアナン。最初にヴァイオリンやチェロを習った後、タイの伝統音楽を始めた、とのこと。チェロを弾くのは30数年ぶり。知らなかった。人に歴史あり。タイ北部の民話は、輪廻と女性の強さを感じさせる凄い話だった。

録音が終わると、ラジオ局に行って、晩ご飯だ、と言う。ラジオ局は、普通のマンションの一階で、ソファーやキッチンがあって、普通のお家の晩ご飯に遊びにきた感じ。そのまま、ご飯をいただき、気がつくとギターを持って来たり、色々な人がセッションを始める。セッションを楽しみ、これで今日は終わりかと思うと、急に、番組のためのインタビュー開始。ウアンさんは英語が上手。なんでもロンドンで20年間、タイ語を教えていたらしい。インタビューの中で、アナンの思いを色々聞くことができ、胸がいっぱいになる。彼が「民族音楽学」をやっているその領域は、ぼくらが考える分野よりも遥かに広く、そこには、作曲も入ってくるに、野村誠との即興コラボレーションも、全てが入ってくる。ぼくが考える作曲という分野に、民族音楽学のような内容まで入ってくるように。

このラジオ局は、完全にボランティアで成り立ち、スポンサーもないようだ。みんなが自宅で録音した番組を持ち寄って成り立っている。アナンも、これまで番組を担当し、音源を送っていたが、実際にラジオのメンバーと会うのは初めてらしい。

その後、森の中の素敵なコテージに案内され、そこで宿泊。