野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

ええ加減な禅のダンス「とりあえず、あなたまかせ。」(振付・演出:白神ももこ)

モモンガ・コンプレックスの「とりあえず、あなたまかせ。」というダンス公演を京都の立誠小学校の和室で観劇しました。これが、素晴らしかったので、その感想文を書かせていただきます。

何が良かったというと、まぁ、笑えたし、ずっと面白かったし、小難しい批評にも曝されないユルユルの感性の作品なので、言うのも野暮なのですが、敢えて言葉にしてみるなら、次の3つでしょうか。

1) 震災、原発事故を経ての放射能汚染の日常に向き合おうとして、誠実に作品を作ったこと
2) 日本の伝統舞踊をするわけではないが、現代の日本人でないとできない現代舞踊をしていたこと
3) 現代の東京を生きている感覚を、そのまま作品にしようとしていたこと 

この作品では、一言も震災についても原発についても放射能についても語りません。でも、作品の中の端々に出る言葉の中に、そうした問題に向き合おうとしたり、目を背けたり、悲しんだり、責任逃れしようとする痕跡は、見られます。彼女なりに、この現状に冷静に絶望し、クールに笑い、ダンスとして描いていく。そのための方法が、「とりあえず、あなたまかせ。」

「とりあえず、あなたまかせ。」という無責任なことを敢えて言うのが、ちゃんとしているな、と思うわけです。少なくとも、無責任だということに自覚的になっていて、自分のことを冷静に客観視して、作品を作っている。逆に、無責任でいられなくなりつつ、でも、自分の等身大以上のこともできないことにも向き合っている。その結果、自分はこれをするしかないか、と開き直った結果の舞台なのです。その開き直りは、見ていて心地よい立ち位置でした。

笑いの要素も多いけれど、変な作為は少ないのです。作っていくうちに、作為のないこと、無作為について、禅の悟りのようなものを得て、ちょっと肩の力が抜けたのかもしれないです。

キリスト教的な思想にどっぷり使った西洋現代芸術の中で、20世紀の後半、ジョン・ケージマース・カニングハムは、ストイックな禅の芸術を実践しました。でも、21世紀の震災後の白神の「とりあえず、あなたまかせ。」は、ポップな禅で、いい加減な禅で、適当な禅です。やっている本人は、禅だとも思っていない無自覚な禅です。気分で「サイコロ」や「阿弥陀くじ」に運を託してみたりするけど、本当に仏を信じているわけでもない。

それは、現代の東京に生きる彼女達の世代の等身大の声であり、正直な立ち位置であるのだ、と思います。自分たちの身体で何ができるのか、というのを、メソッドや型から始めるのではなく、生活している日常から発想しているからこそ、無自覚に彼女達の生活や人生観や世界観が反映されていく。

だから、見ていて、笑えたし、自然に参加したくなったのだと思います。行き詰まった感じがしないのです。大きな風穴を開けている感じもないけど、多分、小さな風穴は開けているはずで、風通しもいい。

「とりあえず、あなたまかせ。」と言う責任感を、きちんと応援していきたい、と思います。こうした感性は、いずれ大きな力になっていくし、その先に、日本の未来や地球の未来の希望を見たい。

インドネシアや中東の打楽器を中心とした音楽(やぶくみこ)は、和楽器で演奏している音楽以上に日本音楽だった。これも、等身大の日本の感性。

10日、17時からが最終回の公演です。場所は、京都の立誠小学校(四条木屋町上がる)。当日でも入れるみたいですよ。出かけてみてはいかがでしょう。