野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

杉岡正章鶴と井上信太@釜ヶ崎芸術大学

杉岡正章鶴と井上信太と、あひるヶ丘保育園に行ってパフォーマンスをしたのは、1991年12月11日のことだった。その時の衝撃は、以前、東京大学出版会の本に書いた。

 

www.kinokuniya.co.jp

 

20代の時に出会ったもう一人の友人、上田假奈代から釜ヶ崎芸術大学の講師をしてほしい、誰かをゲストで招いてもいい、と依頼を受けて、ぼくは、杉岡正章鶴くんを招いた。10年以上会っていないし、彼は"現代美術作家"としての活動は、30年近く前にやめ植木屋をしているらしい。杉岡くんは快諾してくれた。そして、若き日に杉岡くんから現代美術の洗礼を受けた井上信太くんも加わりたいと名乗りをあげ、本日の豪華な顔ぶれワークショップが実現した。

 

杉岡くんの強い希望で、信太くんと二人で地面に寝ている杉岡くんを引きずって登場させる。これは、二人に任せている「他力」であることを暗に表現していたようだ。その後、杉岡くんは「ぼく、最近zoomっていうのをやったんですけど」と話し始め、顔が枠の中に並んでるんだけど、その中に自分の顔もあって、みんなと喋っているとニヤニヤしている自分の顔を見て、ますますニコニコしてしまう、と言う。そして、これをやってみたい、と言う。zoomでしか会えない時代を経て、ようやく対面で会えるようになったのに、zoomをやってみよう、と言う。それも脚立をzoomのマス目と見立てて、その間から顔を出してみようと言う。そして、この脚立で作った擬似zoomの画面の中に一枚鏡を持って、自分のニヤニヤした顔を見ながら、話をする、ということをした。

 

さすがはショーショーカク。いきなり凄い爆弾を落としてきた。みんなで力を合わせて、zoomのふりをする。これが本当にバカバカしくて面白い。美術であり、演劇であり、コミュニケーションであり、風刺のようでもあり、単なるごっこ遊びのようでもある。こういう絶妙なことを考えるセンスは、30年前と変わっていなくて、切れ味の鋭さにいきなり絶句。その後も、植木の同僚が仕事中にハミングする話をして、そこからココルームの庭に超個人的な鼻歌が拡散していく。それは、誰かに聞かせるために発信する音楽ではなく、自分の個人的な範囲で味わう歌。そうした個人個人の小さい声が結集して大きな声になるわけでもない。小さい声は、それぞれの小さい声のまま、それぞれの感性でバラバラに広がっていく。こういうのがいい。

 

釜ヶ崎芸術大学校歌を熱唱し、休憩ののち、ぼくたちのリユニオンへの歴史を少しだけ語って後、楽器を鳴らしながら近くの公園まで行く。そこには、井上信太くんがワークショップで作った数々の動物が設置されていて、みんなで撤収の音楽を演奏の後、動物たちをココルームに連れて帰り設営。杉岡くんが30年前に作詞/作曲の「京都シティギャラリー実行編」なども久しぶりに歌う。

 

ヨシミヅコウイチくんや鎌田高美さんなど、当時の友人も駆けつけてくれたが、ココルームの常連メンバーや、相愛大学の学生など、いろんな世代の人が混ざり合ってこの時間が過ごせてよかった。

 

そして、思いがけないことに、ココルームで東海楽器Pianica(PC-1)に出会う。さっそく分解して修理を始めると、ココルームのDavidが修理を手伝ってくれる。これも出会い。そもそも、ぼくが鍵盤ハーモニカにのめり込んだきっかけも、杉岡正章鶴と始めた通称「歩行器プロジェクト」(正式名称「バレエ」)で、鍵盤ハーモニカをしようと思ったからだ。今ぼくがやっていることの原点は、全部、杉岡くんとやってたことにあると言っても過言ではない。杉岡くんとの歩行器から鍵盤ハーモニカに行った経緯も、数年前に以下の原稿に書いた。

 

mercuredesarts.com

 

信太くんが本当に嬉しそうに喋り続けた。ココルームの若いスタッフたちと、夜更けまで「働くこと」について話し合った。特別な一日だった。