野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

近藤聖也企画演奏による『ことばとコントラバス』感想文

東京藝大千住キャンパスに打ち合わせに行くと、すみゆめの岡田さんとばったり会う。しかし、マスクをしていると初見では顔が判別せず、最初は藝大生かなと思った。マスクとは不思議なもので、逆に知らない人でも知り合いに見えてきたりもする。音まち事務局の屋宜さん、西川さん、コタロー君と打ち合わせ。1月22、23日のイベントの内容についてなど。

 

その後、トーキョーコンサーツラボに移動し、本日のコンサートのリハーサルでは、実際にバースデーケーキを使って、細かい演技なども確認してバッチリ。本番に備える。

 

6人の作曲家、そしてゲストの演奏家が本当に素晴らしい個性と表現力だったのだが、本日の主役はコントラバスの近藤聖也なので、今日は近藤聖也さんのことを中心に日記を書くことにする。

 

本日の企画は近藤聖也さんという20代のコントラバス奏者が、6人の作曲家に新曲を委嘱して、それぞれが「ことば」と「コントラバス」をテーマに作曲したというコンサート。まず、近藤さんのキュレーションが面白い。6人の作曲家は、20代、30代、40代、50代、60代と世代も幅広いが、作風も全く重ならない。顔見知りの気心知れた人に頼むのではなく、体当たりで彼が人選した作曲家にお願いしている。ゲスト演奏家の4人のうち3人

松平敬さん(バリトン)、薬師寺典子さん(ソプラノ)と吉田瑳矩果さん(ソプラノ)とは、この企画以前に面識がなかったそうだ。こう考えると、まず、近藤さんの卓越した企画力は注目に値する。演奏家としての活動と並行して、斬新な切り口のコンサートを企画していく才能があると思うので、プロデューサー/キュレーターとして活躍の可能性がある。ホールやオーケストラや芸術財団やアートNPOなどが、彼にディレクターを任せてみれば、面白い企画を考え閉塞したシーンに風穴を開ける可能性が十分にある。

 

次に演奏家としての近藤聖也について見ていく。演奏家として2時間のコンサートの全曲を新曲で臨むことは、大変リスクがある。というのは、新曲というのは作曲ができあがらない限り練習に取り掛かることができないからだ。そして、実際、今回の6人の作曲家の中には、数日前に譜面が完成したり、前日に譜面が完成した曲もあったらしい。数日前に譜面が完成したら、譜読みもろくに下手をすると聞くに耐えないボロボロの演奏になることもあり得る。しかし、彼は楽譜を読むという情報処理能力も優れていて、前日に完成した譜面もしっかり身体にインストールされていた。複雑な譜面を初見で演奏しても、難なくこなす。コントラバス奏者としての彼は現代音楽の世界で、今後ますます大変重宝される存在になっていくことは間違いない。

 

ここまで実現できているだけで、十分にブラボォで、それ以上、欲張ったことを言うものでもないとも思うが、志の高い人なので書いてみる。演奏家は作曲家の世界観を伝えるinterpreter(=解釈する人/通訳)の側面も強い。近藤さんは6人の作曲家の世界観を見事に伝え分けていた。そこは大変に素晴らしい。しかし、真に優れた演奏家は、作曲家の本人すら気づいていない無意識に譜面に表現されていることをも、炙り出す。譜面の奥の奥まで深読みして、作曲者よりも深く譜面の意味を理解する。そういう域にまで達する解釈で、作曲家たちを驚かせるような演奏家になっていって欲しい、と思った。

 

これ以上言うと、さらに欲張りになってくるが、「ことば」と「コントラバス」となると、やはり演劇的な要素が出てくる。今日の演目は劇場でプロの照明デザイナーが入った状態で上演することも可能なプログラムだと感じた。面識がない作曲家や演奏家に声をかけて企画に巻き込んでいく聖也さんであれば、面識がない演出家とか面識がない照明家を巻き込んでいく可能性も、十分あり。

 

ぼくの新曲《コントラバスのことば》は、3つの場面から成り、本番では松平さんがさすがの歌唱力と演技力で素晴らしく、水野翔子さんも演技もガンバも表情豊かで素晴らしかった。そんな中で、聖也さんが非常にパッションのある演奏をしてくれたのも印象的だ。ソロの部分では、コントラバスの声が聞こえてくるような演奏になった。《コントラバスのことば》というのは、単に人間の発する言葉のことだけでなく、川島素晴くんの曲の最後で「コントラバスは喋らない」と言って終わったけれども、実はコントラバスが喋るのだ。それも人間の声を模倣するのではなく、コントラバスの声で喋る。そのコントラバスの声が聞こえてきた。譜面とかコンセプトとか色々なものを飛び越えて、コントラバスの声が聞こえてきた。それはとても素晴らしいことだった。実は、曲の最後のコラールでは、聖也さんの気持ちが入りすぎて、コントラバス音価は譜面に書かれている半分の長さに短くなっていた。でも、それくらい気持ちが入り込んだ状態で演奏しているのが、世界初演らしい初々しくみずみずしい時間だった。ぼくの曲にはオプションでカーテンコールがついていて、今回は、ソプラノの薬師寺典子さんとハープの吉田瑳矩果さんも加わるバージョンの譜面を書かせていただき、野村も登場して音痴な歌で参加し楽しく終わった。

 

とりあえずは、お疲れ様でした。1月にはレコーディングもあり、これからの展開も本当に楽しみだ。心配されたけれども、満席になった観客のみなさま、そして出演者、スタッフのみなさま、ありがとうございました。