野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

Asia~音楽の脈動

コンサートプラン・クセジュ&有志作曲家11人が主催の「Asia~音楽の脈動」に招待作曲家として参加させていただき、野村作曲の《ルー・ハリソンへのオマージュ》(2017)の演奏と、インドネシア音楽に関するレクチャーもさせていただいた。若くて才能溢れる演奏家や作曲家が数多く集い、西洋クラシックの音楽家民族音楽の音楽家が集う企画で、刺激をいっぱいいただいた。感謝。

 

《終の住処》を作曲した佐藤伸輝さんは2002年生まれというからまだ10代。将棋界では2002年生まれの藤井聡太が大活躍していて、ぼくは藤井聡太の師匠である杉本昌隆八段と同年代である。藤井聡太があっという間に師匠の杉本八段を追い抜いていったように、作曲の世界にも、才能溢れる若手が出てきているのだ。佐藤さんは、美しく繊細で力強く激しい緻密で情熱的な音楽を生み出していた。こうした若い世代と同じ現場で仕事ができることは本当に嬉しい。そうした中で、今は亡きホセ・マセダやスラマット・シュクールなどと過ごした時間や感覚を、次の世代に渡していける機会になればと思い、レクチャーやレジュメも書いた。

 

ぼくの曲を演奏してくれた演奏家の方々も本当に素晴らしかった。鈴木舞さんのヴァイオリンは本当に伸びやかに歌う。その歌い回しには必要以上の冗長さはないが、決してストイックではなく音楽の悦びを全身で表すような広がりのある音だった。譜面をなぞるのではなく、譜面から膨らんでいくような生き生きとした音だった。バリガムランの4人もすごかった。濱元智行さんの生み出すグルーヴ感は彼の音楽経験の豊富さを物語る。単純な4分音符の4つ打ちでも、音の切り具合で音楽のノリが微妙に変わる。その絶妙な職人芸と民族音楽の躍動感がアンサンブル全体を支える。オーケストラでティンパニを演奏することが多い小林孝彦さんが、さすがの打楽器力で濱元さんの演奏と見事に一体化し、このグルーヴ感にうねりを生み出す。打楽器奏者でジャワガムラン奏者でもある谷口かんなさんは、ジャワガムランのボナンの奏法を応用しながら、バリガムランのレヨンを演奏することで、バリでもジャワでもない演奏をする。こうした下地の上で、現在ガムラン作品を作曲中というヴィブラフォンの達人の會田瑞樹さんが従来のガムランでは考えられないマレットの持ち方とミュートの仕方の独自奏法で演奏する。つまり、バリガムランと四者四様の距離感でアンサンブルしていた。これも、「インドネシア音楽」なのだ。こうした幅を受け入れる懐の広さがあるのが、インドネシア音楽なのだ。正解は一つではない。ぼくの楽譜、ぼくの音楽は、こうでなければならない、ではない。そこから複数の音楽に広がっていけるのだ。そして、今日5人はそのことを見事に体現してくれた。作曲家としてこれほど幸せなことはない。ブラヴィッシモ!!!!

 

Slamet Abdul Sjukurに触発された會田瑞樹さんの《The River》は、インドネシアで演奏されているかのような錯覚をするような音楽だった。それは即興的でありながら、明確な構造があり、音楽と身体が結びついていながら、それぞれの伝統に依拠しつつ現代の音楽を探っていく。會田さんは一歩一歩着実に音楽の新たな地平を切り開いていこう進んでいく稀有な音楽家だ。今日の彼の演奏、作曲、指揮、どれを見ても、小さく完成した音楽があるのではなく、さらに何かの殻を打ち破ろうとするエネルギーを持った思春期のような不完全さがある音楽の魅力がある。

 

ルー・ハリソンの本を日本語訳されている柿沼敏江さんが会場にいらして、「ルー・ハリソンが聴いたら、きっと大喜びしていたと思いますよ」と言っていただいたことは、すごく嬉しかった。ルー・ハリソンに会ったことはないが、非常に共感する作曲家だ。

 

大掛かりな企画、みなさん、本当におつかれさま。主催の佐原詩音さん、山水美樹さん、関係者の皆さん、本当にありがとう。

 

リハーサルの合間に、コントラバス奏者の近藤聖也さんとも打ち合わせができた。12月21日には、彼の企画で野村の新作《コントラバスのことば》の世界初演がある。北海道大学工学部卒業という異色の経歴を持つコントラバス奏者で、オーケストラでの演奏よりも、言葉を伴う独奏や室内楽に興味があるという個性。こちらも本当に楽しみだなー。