野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

山本麻紀子と巨人とミナックシアター

美術家の山本麻紀子は、写真も撮らないし、映像も撮らない。近年の現代美術は、映像を使うことが非常に多いが、山本は、潔いほど、映像記録に興味を示さない。ミナックシアターは絶景で、どうやっても絵になるのに、彼女は、そんなことをする気がない。山本は巨人という目に見えないものの絵を、人々の心の中に描こうとする。そして、彼女の活動は、伝説にもなり得るし、記憶から忘れ去られてもいく。

 

今日は、山本麻紀子の5年間かけての巨人プロジェクトのフィナーレだった。昨日の夜から、雷雨や雹が降り続ける生憎の天気。でも、今日はミナックシアターという野外劇場で巨人に向けてのパフォーマンス。今日が唯一のチャンス。

 

午前中に学校で子どもたちとリハーサルしている最中も、どしゃぶりの雨が降った。やぶさんが軽快にダルブッカを演奏し、彼女のタイでの修行の成果も体感した。外は相変わらず雨。楽器を濡らさないために、ビニル袋に入れて、スクールバスでミナックシアターに向かう。絶望的な天候の中、ミナックシアターに接近していくと、奇跡のように雨があがり、晴れ間が覗いた。

 

青い海、空、崖、岩。どこを見ても、人間の気配がしない大自然。動物の気配もしない。ただ、そこに風や雲や水や石が存在している。地の果て。巨人がいるとしたら、こんな所なのだろう。ぼくらは、巨人に向けての演奏を始めるべく、子どもたちの作った巨人の落し物をセッティングした。すると、突然、空から雹が降ってきた。天候が荒れ始めた。このまま悪天候になれば、中止にしなければいけないかもしれない。また、いい加減なパフォーマンスだと、場所と自然に負けてしまう。

 

ぼくたちは、それらに抗うべく力一杯「ねってい相撲」をした。四股を踏むたびに力が湧き上がり、ついには雨雲を吹き飛ばすことに成功した。巨人に少しだけ近づけたかもしれない。再び晴れてくる。その後、次々に楽器を演奏し、歌を歌い、あっという間に子どもたちとの演奏は終わった。巨人は姿を見せない。ぼくは英語で叫んだ。巨人さん、ここにあなたのスケッチブックがある。巨人さん、ここにあなたの鉛筆がある。巨人さん、どうして取りに来ないの?水平線の向こうに巨人がいるように感じた。ぼくらは、水平線の向こうに向かって演奏をした。

 

こんな風にして、山本麻紀子の5年がかりの巨人プロジェクトが終わった。ぼくの心の中にも、巨人が描かれた。ぼくの心に描かれた巨人は、シャイな巨人だったが、ぼくらの演奏をこっそり聞いていた。巨人にまた会いに来たいと思った。ここまで連れてきてくれた巨人と山本麻紀子に感謝。