野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

ピアノの本音第2回

スティマー・ザールでの「ピアノの本音」第2回でした。本日のプログラムとレジュメは、こちらです。ご来場、ありがとうございました。次回、第3回は8月6日です。

ピアノの本音 第2回 2016年6月5日


第1部 トーク(14:30-15:30頃)上野泰永(調律師)+野村誠(作曲家)


話題1 ピアノは矛盾だらけの楽器

*調律の理論はどこまで行っても割り切れない!

古代のピタゴラス音律、古代の中国の三分損益法は、4度、5度が純正でよく響くが、辻褄が合わなくなる(ピタゴラスのコンマ)。1年を12ヶ月に均等に割り切れない。1オクターブを美しく12分割する様々な方法が考案されたし、ハリー・パーチのように43分割するなど、様々な方法が考えられている。

*ピアノはゴツい楽器になった。大きくなり、重くなり、弦が硬くなった。

→弦が硬いためフォルテとピアノでピッチが変わり、倍音は正確な整数倍よりも高くなる(インハーモニシティ)
→硬い弦をきつく張る張力に耐えられる金属のフレームが必要
→その重さが、楽器の負担になり、楽器が歪む


話題2 調律の手順

現在、主流になっている平均律という調律は、オクターブ以外の全ての音程に、うなりが生じるが、この矛盾だらけのピアノに、適した調律と言えるかもしれない。調律師は、このうなりの回数で調律をしているらしく、上野さんより、その手順を解説していただいたところ、以下の通りだった。

なお、上野さんからお借りしたピアノ調律の本(Arthur A. Reblitz著「PIANO SERVICING TUNING & REBUILDING」)を参考に、うなりの速度をメトロノーム記号で、どのくらいの速さかになるかを計算して、以下に示した。これは、あくまで計算してみたもので、調律師は、単なる数値だけでなく、複合的な要素を感覚と経験で判断して、調律作業を行っているようだ。上野さんは「ウィーンの職人の定規がちゃちかったんよ。」と言い、定規は目安で手の感覚や目、耳で仕事するのが職人だということを学んだ、と言う。




1. 音叉からAを確定し、その1オクターブ下のAを確定。
2. A→D(4度上) ♩=ca. 60
3. D→G(5度下)  ♩=ca. 40
4. G→C(4度上)  ♩=ca. 53
5. C→F(5度下)  ♩=ca. 34
FとA(長3度)確認  ♩=ca. 83
6. F→B♭(4度上)    ♩=ca. 47
B♭とF(5度)確認  ♩=ca. 47
FとF(オクターブ)確認
7. B♭→E♭(4度上)  ♩=ca. 63
8. E♭→A♭(5度下)   ♩=ca. 42
9. A♭→D♭(4度上)   ♩=ca. 56
10. D♭→G♭(5度下)   ♩=ca. 37
11. G♭=F#→B (4度上) ♩=ca. 50
12. B→E(4度上)     ♩=ca. 57

これでオクターブの12音が確定。あとは、順にオクターブで合わせ、4度、5度で確認していく。

野村としては、最初の6音がヘ長調の6音であること、その後も♭を確定していくところが面白い。


話題3  調律師の提案するピアノ奏法

1. ピアノは弦楽器だから、弾いた後に音を変化させられる

2. 鍵盤の重さは2度変化する

・ダンパーをあげる瞬間、レットオフにあたる瞬間の2回
・ハーフタッチは#気味/底まで弾くと♭気味
・鍵盤の連打 途中までにした方がロスがない




3. 棚板の振動を止めるか止めないか?それが問題だ

ピアノ全体を鳴らしたい
→そのためには、棚板も鳴らしたい

棚板(松、合板)の上にアクションがのっている
→棚板の真ん中が撓みやすい(グランドピアノでは、高音の足が支えている重量が一番重く、低音と奥の足が支えている重量はより軽い)
→棚板にかかる圧力を軽減させると良い
→手首をあげる/スライドさせる
→#気味の印象→細かい倍音がより出る
スライドも上下もゆっくりが効果的(現時点では、理論的な説明不能

4. ハンマーとダンパーの位置を変える

鍵盤を弾き切った状態から少し緩める
→ダンパーは少し下がり、ハンマーは少し上がる
→つまり弦に少し近づく
→音が変化する

5. ペダルの奏法(グランドピアノでは)

ダンパーペダルに少しだけ足をかけ、少し止まりを悪くする
ウナコルダペダルに少しだけ足をかけ、少しハンマーのあたりをずらす
ウナコルダに少し足をかける→低音が鳴りやすい
ソステヌートペダルを鍵盤を弾かずに踏むと、鍵盤が少し重くなる


6. 椅子の高さによる違い

・聞く位置が変わる
・高いと硬質(肘に力がのせられる)、低いと柔らかい






第2部 演奏 (15:45頃-16:45頃)


1)スティマー・ザール(2012)

CDをスティマー・ザールでレコーディングしていた時に、生まれた曲。CD「ノムラノピアノ」にも収録されているシンプルな小品。

2)「インドネシアの思い出」(2011)より

1. Pak Royke
2. Pasca teori
3. Jareo mungkin orang Italia
4. Ginga

インドネシアに住んでいた2011年に作曲した様々な断片。熱気と湿気により、インドネシアのピアノ(多くは日本から寄贈されたヤマハ製)はとんでもない音をしていて、なぜかどのピアノも、やたらに低音ばかりがよく鳴る。こうしたピアノに影響されて、左手の低音がリズミカルに演奏する曲を、インドネシアでは、よく弾いていた。Pak Roykeは、インドネシア国立芸大で作曲を教える作曲家でギタリストの名前、Pasca teoriは、英語でいう「post theory」なので、直訳すれば「理論の後」、Jareo mungkin orang Italiaは、「ジャレオはイタリア人かもしれない」は、Gingaは、友人の娘さんの名前「銀河」。ロイケと銀河は、CD「ノムラノピアノ」にも収録されている。

3)ペダルの足 奏法による即興曲

上野さんの提案する奏法で、ピアノを弾いてみようと思います。どんな響きになるでしょうか。

4)スライド奏法からの即興曲

上野さんの提案するスライド奏法で、音の違いを聴くところから始めて、ピアノの響きに浸ってみましょう。

5)ピアノのための21の小品「福岡市美術館」(2009)より、

8. 絵物語Ms. and Mr. Rainbow 
9. 仰臥裸婦
10. 死と復活?(自殺者)
11. ゴシック聖堂でオルガンを聞いている踊り子
12. 福岡市展望
13. ただよへるもの
14. 茨の径

21の小さな音楽を作った。ピアノの学習者やピアノを習っていた、という人も弾いてみたくなるような曲集を書いてみたいと思った。それぞれの曲には、対応する同名の美術作品があって、それらの美術作品は、全て福岡市美術館が持っている。それぞれの原案は「コレコネ組曲」ワークショップで考えだされ、その多くは非常にユニークで、およそピアノ曲にはなりそうになかった。そこからピアノ曲を作曲する作業は、非常にスリリングで、自分でも予想のつかないような曲が生まれてきた。
気に入った曲、弾いてみたい曲から、どんどんチャレンジしてみてください。どんどん自分流のイメージで面白い演奏をしてみてください。色んなピアノのテクニックが出てくるので、全部の曲が弾けるようになれば、自然に現代のピアノ技法が習得できているかもしれません。それぞれの曲の簡単な説明は以下の通り

・ 「絵物語Ms. and Mr. Rainbow」

靉嘔(1931-)の「絵物語 Ms. and Mr. Rainbow」(1974) に基づく、3拍子の曲。グニャグニャ曲がった曲線を表した主題が、トリルやスタッカートなどで変形していく。

・ 「仰臥裸婦」

レオナール・フジタ(1886-1968)「仰臥裸婦」(1931)に基づく曲で、右手がメロディー、左手が和音で、白鍵だけで弾けるシンプルな曲。CD「ノムラノピアノ」にも収録。

・ 「死と復活?(自殺者)」

オットー・ディックス(1891-1961) 「死と復活?(自殺者)」(1922)に基づく曲で、左手は常に不協和音。まさか、このグロテスクな首つりの作品を、子どもが選ぶとは思っていなかったので、驚きました。

・ 「ゴシック聖堂でオルガンを聞いている踊り子」

福岡市美術館の目玉作品でもあるジョアン・ミロ(1893-1983)「ゴシック聖堂でオルガン聞いている踊り子」(1945)に基づく。ハ長調で、16分音符の音形が繰り返す爽やかな曲。
 ・「福岡市展望」

児島善三郎(1893-1962)「福岡市展望」(1923)に基づく。右手は、高い木(ピアノの一番高い音)→海(グリッサンド)→村→山(上がったり下がったり)。左手は、キャベツ畑(ドとソのスタカート)→都会→学校(テヌート)→空(和音)を描く。

・ 「ただよへるもの」

恩地孝四郎(1891-1955) 「ただよへるもの」(1914)に基づく弱奏の曲。楽譜に書き込まれている言葉(「とってはいけませんよ/ダイアモンド/リング/三角形/複雑な模様/とってはいけませんよ」)は、ワークショップに参加した子どもの考えたもの。

 ・「茨の径」

黒田重太郎(1887-1970)「茨の径」(1922)に基づく複調の曲。右手のメロディーは、ハ長調で白鍵のみだが、左手は♭や#が多く登場し、色々な調を行き来する。演奏者は途中で、自分なりの道をつくる。

6)特別企画クラシックを弾く モーツァルト ピアノソナタ16番 (K.545)より第2楽章

上野さんより、「1曲クラシックの曲を弾いて欲しい」という強い要望がありまして、通常は自分の作曲した作品以外を人前でピアノ演奏することは、ありませんが、特別企画として、1曲弾かせていただきます。通常は、自宅で読書するような気持ちで、他の作曲家の譜面を弾くことは多いのですが、人前に披露することがない前提で、気楽に弾いております。ということで、あくまで特別企画ですので、気楽にお楽しみいただければ、有り難いです。
前回、ドビュッシーを弾いたので、今回はモーツァルトを弾いてみようと思いました。スティマー・ザールから借りてきた楽譜の中から、このホールに合いそうな曲を探してみました。
       
7)「本日のピアノの本音」2016.6.5バージョン

今日、ピアノを巡って様々なお話をし、演奏もしました。そうしたことを経た上で、もう一度、まっさらな気持ちでピアノに臨んでみます。ピアノは、どんな答えを返してくれるでしょうか?野村の演奏の仕方も、今までと何か変わるでしょうか?