野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

「私は天才ではない」と語る素晴らしき演出家

いよいよ、アトリエ劇研30周年記念公演「ことばのはじまり」(ディディエ・ガラス作/演出)が、9月4日から始まります。8月上旬から京都芸術センターで続けてきたリハーサル/クリエーションも、今日が最終日。明日からは、アトリエ劇研です。ということで、本番が近づき切羽詰まって来て、神経質になったりしそうなものですが、稽古場の雰囲気は笑顔が絶えません。ディディエは楽しそうにはしゃいでいます。

5時から通し稽古を始めると言っても、5時になっても、各シーンの作り込みを模索します。何というか、いつまでも創作という遊びをやめない子どものようです。ぼく達は、この作品の稽古中に、どれだけ笑い続けたのでしょう。

フランス人の演出家で、フランス語の堪能な演出助手の人が通訳をしている状況で始まったリハーサルでした。しかし、今日のリハーサルでは、ディディエは終始、英語と日本語を混ぜて、身振り手振りを駆使して喋り続けました。一言もフランス語を話さなかった。通訳できる人がいるのにです。

キャストの面々も、英語が決して得意ではないのに、身振り手振りと日本語と英語を混ぜながら喋ります。お互いに伝えようとか、一緒に作ろうという意志が強いのです。

ディディエは、このメンバーと創作ができたことは、本当に良かった、と感謝の言葉を何度も言います。

「この作品は、ぼくの作品じゃないんだ。ぼくらのパフォーマンスなんだ。もちろん、発端は、ぼくが夢を語ったところから始まっている。でも、ぼくは天才じゃない。一人で全てを作りあげ、みんなを自分に従属させるような天才じゃない。ぼくは、みんなとアイディアを交換して、一緒に作っていくのが好きだ。だから、このパフォーマンスは、ぼくの作品じゃなくって、ぼくらみんなの作品なんだ。」

この言葉に、ディディエの世界観が象徴されています。「フランス=個人主義」などと先入観で考えてはいけないのです。ディディエはフランス人でありながら、タイ人やインドネシア人が言っているような共有(シェア)する感覚で作品を創っています。作品を彼一人のカラーに染めようなんて、微塵も思ってはいません。そこには、俳優もいるけれども、ダンサーもいる。さらには、生の音楽もある。時に演劇のようで、時にダンスのようで、時に音楽のようである。常に、複数の色が共存している世界なのです。一人の劇作家/演出家のカラーに染めない舞台を作ること。舞台を自分の色だけで染めない、という強い意志で、作品を創っているのです。

ぼく達の舞台「ことばのはじまり」では、相互作用する姿、共存する姿が、常に見られるでしょう。それこそ、ディディエが、この舞台で、日本の観客に、子どもにも、大人にも、提示したかった光景だと思います。こういう言い方が許されるならば、敢えて言わせて下さい。ぼくは、こんなに音楽的な作品づくりをする演出家を、他に知りません。だからこそ、オーディションの結果、彼は、俳優だけではなく、ダンサーも、和太鼓奏者も選んだのです。この統一感のない世界観こそ、彼が夢見た光景だったのでしょう。

そして、この舞台の広報に、アトリエ劇研の制作スタッフ達は、苦労しています。なぜならば、この舞台は、今までのディディエの作品に類似するわけでもなければ、所謂演劇でも、所謂ダンスでもない。何と形容して良いのか、どういった層にどのように宣伝すれば良いのか、つかみ所がないからなのです。これを、ぼくならば、こう形容します。

この舞台は、人類が絶望の果てに見つける生きていくための希望の舞台です。子どもたちの未来に託す微かな希望をポジティブに描き出す作品です。それは、明確なストーリーや陳腐な寓話ではありません。そうした生きる喜びや希望を、声と身体と音楽で、感覚に訴えかけてくるポエムなのです。「大人も子どもも楽しめる舞台」として考案された作品ですが、今までにこんな舞台を、子ども向けとして提示した劇場は、なかったのではないしょうか。教訓ではなく、子ども達と一緒に共有したい問いがいっぱいの舞台です。世界を見るって、どういうことなのだろう?生きるって、どういうこと?未来を見るって、どういうこと?人間って何?色々な問いに出会いながらも、人間に対して、世界に対して、宇宙に対して、ポジティブにエールを送る真の応援歌なのです。

多感な子ども達、そして、子どものような心を持った大人達が、この舞台を観た時に、何を感じるのでしょう、何を思うのでしょうか?9月4日(木)19時半、京都のアトリエ劇研で、ついに「ことばのはじまり」の世界初演です。この場を、私達と一緒に体験しませんか?この舞台はぼく達出演者だけのものではなく、その場にいて、一緒に感じる観客の方々の物でもあるのです。ぼくも、音楽でその時間を愛でようと思います。

アトリエ劇研の公演詳細は、こちら
http://gekken.net/kotobanohajimari/

9月4日 19:30-
9月5日 19:30-
9月6日 14:00-/19:30-
9月7日 14:00-
9月8日 14:00-

前売:2,500円
当日:2,800円
学生:1,800円(前売/当日とも)
こども(中学生以下):1,000円(前売/当日とも)

場所:アトリエ劇研

作・演出:ディディエ・ガラス
出演:森川弘和、坂口修一、小島功義、松尾恵美、きたまり
音楽:野村誠、やぶくみこ
演出アシスタント:中筋朋
照明:吉本有輝子
舞台監督:浜村修司
宣伝美術:永尾美久
制作:杉山準