野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

ミロトとダンス

インドネシアでの1ヶ月半が過ぎた。東南アジアでのプロジェクトも、残り1ヶ月半になり、インドネシアは、残り2週間だ。8日にiCANで演奏+ディスカッション、14日にTembiでコンサートを行って、タイに飛ぶ。インドネシアの活動も、そろそろ出口が見えてきた気がした。しかし、それは大きな間違いだった。残り2週間になってから、新展開を見せ続けるのがジョグジャだ。

昼間は、日本から遊びに来ている友人を連れて、ミロタ・バティックに買い物に行ったが、夜は、ダンサーのミロトの家を一人で訪ねる。2年前から、ミロト、砂連尾さん、と3人で公演を行いたいと計画していたのだが、東京で予定していた公演が流れ、関西で予定していた公演も流れ、未だに実現していない。ミロトは、ぼくたちは離れているから、お金がないと作品が作れない。でも、お金がないなりに、インターネット通話(スカイプ)で、一緒に作品づくりがしたい、と提案してきた。

ぼくはインドネシアには、API Fellowshipの助成で来ており、厳密なことを言えば、関係ない別の活動をしてはいけない、という契約になっている。ミロトと砂連尾さんとの公演は、別のプロジェクトだから、これは関係ない活動になるかもしれない。しかし、このタイミングでミロトから提案があったということは、何かぼくのプロジェクトに関係してくる可能性もある、と思っていた。しかし、ミロトには、ぼくのプロジェクトの話すらしていなかった。

そして、深夜9時、日本時間の11時に、ミロトのスタジオと砂連尾さんの自宅で、スカイプによるリハーサルが開始された。舞台の一部分だけが、窪んで低くなっており、そこにスクリーンが水平に置いてある。頭上のバトンに設置されたプロジェクターから、スクリーンに映った映像が反射して、斜め45度に吊り下げてある透明のアクリル板に映る仕組みだ。アクリル板の背後で踊ると、映像のダンサーと、実際にそこにいるダンサーが共演しているように見える。ただし、二人のダンサーが重なってしまうと、映像のダンサーが2次元であることが露呈する。そこで、二人は、決して相手の体に触れ合わないように、踊る。これは、コンタクト・インプロヴィゼーションの逆。しかも、スカイプの画像は、若干の時差がある。しかし、それも含めて、お互いに相手との間合いを楽しむ。最初は、単なる実験のように見えたが、時間が経つにつれて、どんどんデュオのダンスに見えてきた。

ここで、ミロトが提案した。「砂連尾、次回までに、自分が踊るソロダンスの振付を作ってくれないか。そしたら、それに対応するように、ぼくのソロダンスを振付するから。」遠隔地で、しょうぎ作曲をするように、砂連尾+ミロトのダンスデュオの創作が始まった。有意義な稽古だった、と思ったが、これは、まだ入り口だった。

砂連尾さんとのスカイプ通話を終えた後、夜食の麺を食べながら、ミロトが言い始める。
「ぼくたちは、なぜ生きるのか?ぼくは、なぜダンスを踊るのか?君は、なぜ音楽をするのか?日本では、人生の意味が見出せずに、自殺する人がたくさんいるではないか?ぼくは、お金のために踊っているんじゃないんだ。生きる意味を見つけるために、踊っているんだ。アルベール・カミュの小説を読んだことはあるか?不条理についての話だ。」
砂連尾さんとのダンスが何かのスイッチを開いたのか、人生と芸術と不条理について、話が始まった。
「砂連尾にとって、ダンスは何なのか?生きる意味とは何なのだろう?君はどう思う?」
深夜の薄暗いスタジオには、川のせせらぎの音が鳴り響く。ミロトの師匠、伝説の舞踊家、故ベン・スハルトさんの気配が漂う。スカイプを通じて、遠隔地の日本と交信するというのは、テクノロジーによる交信だけではなく、異界との交信をするテレパシーの扉を開くことでもあるのだ。そして、ミロトが突然、言い始めた。
「君と砂連尾が共演すると、日本人同士になってしまうし、君は砂連尾とは共演せずに、スラマット・グンドノとムギヨノと一緒に演奏する方がいいかもしれない。グンドノと共演するのは、どうか?」
スラマット・グンドノは隣町のソロに住むダランであり吟遊詩人で、もともと興味のあるアーティストではあった。そして、ウーキルの家で環境芸術に取り組むアーティストから、グンドノがムリア原発の建設予定地の出身で、ムリア原発の反対運動に積極的に関わったことを聞き、グンドノに会うことを勧められた。しかし、今回の2ヶ月の滞在で、既に、ジョグジャの多くのアーティストにインタビューをし、コラボレーションを始めていたため、グンドノに会いに行くまでは無理と判断していたのだ。そのことをミロトに伝えると、
「君はいつまでジョグジャにいる?16日までか。それまでにグンドノに会った方がいい。ソロまで行けるか?車で3時間、向こうに4時間滞在して、3時間かけて戻ってくる。一日かかるけど。いや、グンドノがジョグジャに来ればいい。よし、いつがあいてる?10日はどうか?よし、10日に、グンドノに来てもらおう」
ミロトは興奮して語る。えっ、残り2週間にして、コラボレーターが増えるの?
原発の存在は、まさに不条理だ。君のプロジェクトと、ぼくのプロジェクトは重なった。君は、日本語で、『日本の電力会社はアジアに原発を売りたいと考えてる』とか語って、その後に、グンドノと演奏するんだ」
と語る。深夜1時に、家まで送ってもらう。残り2週間になって収束に向かうどころか、いよいよジョグジャが本気の顔を見せ始めた予感だ。