野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

昼@大学院

 午後は、大学院の「音楽の創造1」の授業。今日はロイケ先生の授業だ。だが、1時からと言っていたが、どうせ定刻には始まらないだろうと、1時20分頃まで、講堂でピアノを弾いて、そろそろかな、と思って行ってみると、教室はカギがかかっており、学生が何人か待っている。
 「今日、講義だよね」
 「でも、ロイケ先生は来てないから、待っているし、講義がないかもしれない」
と言いながら、みんなが座り込んで、雑談をしている。おかげで、色々な話が聞けた。親が空手をするからと、タナカという名前をつけられたタナカ君は、スマトラ島のメダンの出身。日本のジャズのJim Sakuが好きと言う。Akira JimboとTetsuo Sakuraiのデュオらしい。
 「ジョグジャでもジャズはあるの?」
と聞くと、
 「ガジャウォンは毎日やってるよ。グランドピアノもある。2階がジャズで、1階がガムラン、地下がスパニッシュで、全部生演奏なんだ。」
とのこと。ジャズとガムランはともかく、どうして、スパニッシュがあるのだろう?しかも、ジャワ人のやるスパニッシュって、どんなのかな?と思う。
 マラン(東ジャワ)出身のオファン君は、Lennox Berkeleyというイギリス人作曲家が好きだと言う。ラヴェルの弟子で、印象派の作曲家だ、と言う。そして、Vincent Persichetiの「20世紀の和声」という本の英訳を読んで勉強していた。一体、いつの時代に書かれた本だろう?
 レリン君は、マルク諸島のアンボンの出身。アスリル君はスラウエシ島出身。リンダさんは、スマトラ島の先端のアチェ出身。つまり、ロイケ先生の講義に出席している大学院生の中でジャワ島の出身者は一人だけ(中部ジャワ出身者はゼロ)で、後は、他の島から来ていることになる。文化や言語も全く違うメンバーの集まりなのだ。
 そうした一通りの自己紹介を終えたところで、1時間遅れで、ロイケ先生がやって来た。ギターを抱えて、I am a good musicianとプリントされたTシャツを来て現れる。大学の先生というのは、襟のある服を来てくるの風潮の国では、かなりラフな大学教授だ。1時の授業の開始は、ちょうど2時。
 今日の授業も音階の話、旋法の話に終始した。協和音、不協和音、近代和声などの話。テトラコルド(4度)を基本に説明していく旋法の講義は、小泉文夫の「日本伝統音楽の研究」をも想起させる。でも、《ドミファソシ》という5音音階を書いた後に、modifikasi(変形)と言って、ファに#、シに♭をつけて、「新しい音階ができた」とギターで弾いて笑う様子が、お茶目だ。
 ドリア旋法とミクソリディア旋法をhibrid(ハイブリッド)と言って合体させて、9音音階を作ったりする。その後、何か面白いことを言っているらしく、学生は爆笑を繰り返すが、全く理解できない。雑談の内容が一番面白そうなのに、最も聞き取れない。
 それにしても、インドネシア西洋音楽の作曲家が、ギターを弾くのがユニーク。ピアノは高価で買えないから、ギターで作曲を勉強したということか。ロイケ先生が楽譜を見せて、実演すると拍手喝采。さらに、別の旋法の例として、伊福部昭の「ギターのためのトッカータ」の譜面を出してきて、これも実演。伊福部のこんな曲をインドネシアで聴くとは、思いもしなかった。
 最後に、ぼくが補足コメントを求められ、水戸芸術館などでやった表の音階と裏の音階の説明をした。
 ロイケ先生は、ぼくとのコラボレートのコンサートに向けて、昨日、メメット先生とジョハン先生と既に打ち合わせをしたそうで、明日の朝に、さらに打ち合わせをすることになった。
 「ギターを弾いてもいいし、ボイスパフォーマンスだって、走るのだって、何でもやるの好きだから、何でもいいよ」
とロイケ氏。帰りは、家の近くまで車で送ってもらった。大学院の授業を、本当にアカデミックと言えるレベルまで持っていくために、理論とかをやって欲しい、という要請があるらしい。自分の作曲について論じたり、思考したり、そうしたことが学生達に圧倒的に不足していると感じているようだ。論じるばかりで実践が伴わないのでは意味がない。しかし、この国の人々は、実践が面白いのに、それを価値づける理論が少ない。故ホセ・マセダが
 「我々には、(アジアの音楽の)新しい理論が必要なんだ。」
と言っていたのを思い出した。ジョグジャの大学院から、そうした発信ができるように貢献したい。