野村誠の作曲日記

作曲家の日記です。ちなみに、野村誠のホームページは、こちらhttp://www.makotonomura.net/

ガムラン「桃太郎」

台風の接近する大阪へ。中川真さん率いる「マルガサリ」とのリハーサルです。

1995年に、イギリス留学を終えて帰国して、すぐの頃、中川真さんからジャワ・ガムランの新曲の委嘱を受けました。そして、96年に「踊れ!ベートーヴェン」という曲を作曲し、インドネシアをツアーしました。地元のガムラン関係者に衝撃を与えたことは確かでしたが、彼らがどういう文脈で現代ガムラン音楽を作曲しているのか、ということも分からず、何が衝撃で何が評価されたのかも、全く分からず。また、その後のインドネシアガムラン音楽に、どういう影響を与えたか、も分からなかったのです。

そして、97年に中川真さんは、インドネシア芸大の客員教授として、半年滞在します。そして、それまで演奏してきたマイケル・ナイマン松平頼暁らのガムラン曲は、インドネシアの文脈とは無縁の西洋の現代音楽の文脈で創作されたもので、インドネシアガムランの文脈にフィットしなかったことを思い知り、愕然とします。

彼は考えを転換し、ガムラングループ「ダルマブダヤ」を脱会し、新たなガムラングループ「マルガサリ」を結成します。そして、ジャワの伝統音楽を徹底して学びながら、そして、ジャワの音楽家を交えながら、5年かかりでガムラン音楽の可能性を徹底的に洗い出す作業をすることにしたのです。それが、「桃太郎」でした。そして、21世紀に入ってからのぼくの主要な仕事の一つは、「桃太郎」になりました。

「桃太郎」は、一切楽譜を使わずに、野村とマルガサリと時間をかけて作ってきたガムラン・ミュージック・シアターです。ジャワの伝統音楽と同様に、楽譜を使わないことを原則としています。ですから、日々、アップデイトされていきます(ジャワの伝統音楽は、現在も日々アップデイトされているので、10年前と今では伝統音楽の演奏法も違うのだそうです)。

昨年には、「桃太郎」全3時間半の上演を行いました。来年には、インドネシアをツアーする予定です。

来年のインドネシアツアーに向けて、さらに作品をブラッシュアップしたいということで、8月に2時間バージョンで再演を行います。今日は、それに向けてのリハーサルで、各楽曲が少しずつ修正が加えられていきます。作曲の完了はないのです。作品が生きているということで、この辺の考えは、老人ホームでの共同作曲とも一致しています。

さて、こうやって作った「桃太郎」は、ジャワの現代ガムラン音楽の文脈では、どういう位置づけになるのでしょうか?3月にシスワディ作曲の「地震」をマルガサリ世界初演したのですが、その曲は非常に「桃太郎」的だった、という噂を耳にしました。「桃太郎」は既にジャワの音楽家たちに影響を与え、ジャワの現代ガムランのあり方が変わっていくのでしょうか?

また、昨年の「野村誠の世界」に参加したガムラン作曲家のスボウォは、住民とのワークショップで創作した「青ダルマどん」を高く評価していました(ジャワ・ガムランの伝統を完全に無視した作品で、ワークショップで住民から非伝統的な発想を可能な限り引き出し、それをぼくが構成して作品化したものです)。これも、一体どういう文脈で、何が面白かったのか、ぼくにはさっぱり分かりません。

来年には、オーストラリアのガムラン作曲家が来日し、マルガサリのために新曲を書くそうです。マルガサリは、ガムラン界をリードする存在になり得るし、そのための指針を、ぼくたちが示すことができる。ガムラン界の現状、ガムラン現代音楽史など、きちんと整理して、その上で、我々は次に何をするべきかを、見ていきたいものです。

ということで、8月21・22日は、大阪で「桃太郎」をお楽しみください。近くに2000円程度の低価格で泊まれるホテルがあり、その斡旋もマルガサリがやってくれるらしいので、遠方からもぜひ、どうぞ。